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米国 MPDO ジューン・シンさんとジェム・エスキナージさん(前半)

世界のタイプ道

米国 MPDO ジューン・シンさんとジェム・エスキナージさん(前半)

世界各地にひろがるタイポグラフィーの世界を覗いてみませんか?

当連載「世界のタイプ道」では、世界各地の書体デザイナー、プログラマー、教育者、ベンダー、そしてこの書体を愛するコミュニティの基礎を支える多彩な方々へのインタビューを通して、タイポグラフィーという世界の魅力をお伝えしていきます。

第1回は米国ロードアイランド州のプロブデンスに開設されたばかりの「Morisawa Providence Drawing Office(モリサワ・プロビデンス・ドローイング・オフィス)」(以下、MPDO)で活躍する若き書体デザイナー、ジューン・シンさんとジェム・エスキナージさんのインタビューです。


書体デザインの扉の先には、広大な世界が広がっている

The building containing a shared studio space "The Design Studio" where MPDO is located.

1.MPDOについて教えてください。

ジェム・エスキナージ(以下、CE): MPDOはモリサワがアメリカのロードアイランド州プロビデンスに開設した最初のデザインオフィスです。世界的に有名な書体デザイナーであるサイラス・ハイスミス氏がクリエイティブ・ディレクターとして指揮をとっています。また、現在アメリカに拠点を置く唯一のデザインオフィスです。和文書体のデザインはしていませんが、モリサワが持つ素晴らしい書体ライブラリから学ぶ、とても素晴らしい機会もあります。また、新事業の立ち上げというタイミングは、このオフィスの将来の形を作りあげることに関われるのでとても楽しみです。


2.MPDOではどんなことをしていますか?

ジューン・シン(以下、JS): 書体デザイナーとして、新しいオリジナル欧文書体の制作や、Occupant Fontsライブラリの書体を今日のスタンダードに合わせるための拡張作業をしています。ですが、私たちの役割はプロジェクトによって大きく異なります。インフォームドデザインの意思決定を行うときなどは、ひたすらリサーチをしています。ギリシャ文字やキリル文字など、母国語ではない文字をデザインする際は特にそうですね。


3.書体デザイナーは偶然なるような職業ではないと思います。なぜ、書体デザイナーというキャリアを選ばれたのですか?

JS: その通りですね。書体デザインというのはとても特殊な分野です。自分の意思なしに、なるような職業ではないでしょう。私は書体デザインに関わりたいと思っていましたが、フルタイムでの仕事を得るのは難しいと思っていました。正直、こんなに早くこのポジションに就けるなんて想像していませんでした。そういう意味で、完璧なタイミングでこの仕事に就くことができ、自分でも驚いています。

June Shin (JS)

なぜフォントか? 私は物事を白と黒にはっきりわけて考えるタイプです。故にコントラストや構成に見られる書体のバランスに魅了されています。書体デザインは黒と白で構成されています。もちろん、優れた書体に見られる細かい気遣いも大好きです。この気遣いとロジックが腑に落ちたのです。書体デザインを人に例えると、とても思慮深く、分別があり、信頼できる、私が一緒に過ごしたいと思うようなタイプです。

ある時、一見小さく見える書体デザインの扉の先には、広大な世界が広がっていることがわかったのです。この分野は全てに繋がっており、学ぶこともたくさんあります。サイラスはこの扉の先に何があるかを教えてくれ、さらに扉をくぐるよう導いてくれました。特別なことで、一瞬にしてその世界に入ったのです。周囲にこの仕事のことを伝えると、みんなが口をそろえて、「もちろん君にぴったりな仕事だよ!」と言ってくれて、この仕事は私に向いている仕事だと改めて思いました。

CE: 同感です! 私たちは2人共、グラフィックデザインを学んでいたので、この道に進んだのはごく自然の流れです。私はタイポグラフィーに関わりたいと常に強く思っていました。グラフィックデザイナーとして、書体を多く使用したデザイン制作に興味がありました。それはタイポグラフィーと組版の知識を増やす挑戦でもありました。新しいプロジェクトに関わる度、新しい書体がどのように作用しているのか深く勉強する機会を得て、自分が求めるデザインにするために組版を調整しすぎていることに気づきました。既存の書体には満足できなくなり、ポスターなど小さいプロジェクト用のレタリングに携わりました。

しかし、しばらくして、より深いレベルでデザインを行えるようになるには書体の描画を学ぶ必要があると思ったのです。これが書体デザイナーとしてのキャリアの出発点ですね。素晴らしいメンターに恵まれ、とても幸運だったと思います。好奇心が旺盛なタイポグラファーとしてこのキャリアに落ち着きました。


何の変哲もないものがものを創出する

4.難しい質問かもしれませんが、デザイン、また人生における哲学を教えてください。

CE:「哲学」と呼べるかわかりませんが、毎日新しいことを学ぼうと取り組んでいます。なので、グラフィックデザイナーになったことは、偶然ではありません!この仕事を通して、様々なトピックを学びました。そして人々が読んで理解できるように、情報に形を与えています。なので私の哲学は、好奇心を保つことですね。私は、黄色という色や、面白い形など、些細なことにも興味を持てるんです。

JS:「何の変哲もないものがものを創出する」(In the particular lies the universal) が私の座右の銘です。私たちの生活もそうであるよう、ディーテールがデザインを作り出します。そして、急いだり無理に物事を起こらせないよう心がけています。少しずつ作ることができるのであればそうします。その方がプロセスが楽ですし、良い成果が得られるからです。書体デザインの世界で仕事ができて恵まれている思います。この業界は締め切りの厳しい案件は少なく、十分な時間を費やすことができます。また我々の世代が苦しむ「早ければ早いほど良い」という考え方もあまりありません。


5.経歴を拝見しました。お二人とも異なる文化で育ったようですね。日々の生活にどのように影響していますか?

Cem Eskinazi (CE)

CE:私はトルコで生まれ育ちました。トルコは文化の多様性に富んだ国です。私が育った地域では、近隣諸国との地理関係もあり、様々な文字に触れることができました。2時間以内でたどり着く距離に、キリル、ギリシャ、アラビア、アルメニア、ヘブライ、アルファベットを使う文化が存在していたのです。東欧と西欧を橋渡ししている国だからこそ、このような多様性が見られたのでしょう。文字の形に対して、直観的な親近感があるので、母国語ではないラテン由来の文字を描画する時にとても役立っています。

JS:最近このことをよく考えていました。昨年11月に仕事で日本と台湾に行く機会がありました。その時中国語と日本語のそれぞれの書体とレタリングを見て、小さい頃受けていた中国語の書道の授業や、ハングルのハンドライティングで賞を取ったことなどを思い出しました。アルファベットとハングルを同じレベルで作成できるプロの書体デザイナーはあまりいないので、可能性があると思っています。また、今は世界中で繋がることができる時代になり、異なる言語を同時に使うことは珍しくありません。複数の書体を使用したいという需要は今後も増えるでしょうし、モリサワでやりがいを感じる部分でもあります。今後、アジア言語において私自身が関わっていくことがあるでしょう。


6.デザインをする上で、ご自身のルーティーンや儀式みたいなものはありますか?

CE:私は作ることを止めるとモチベーションを失ってしまいます。なので、毎日何かを作り出すよう心がけています。スケッチ、コラージュ、友達に送るカード、新しい料理に挑戦するなど、いろいろな形があります。ある時、先生に毎晩最低3冊の本に目を通すよう言われました。このアドバイスは実行できていませんが、特に印刷媒体を定期的に読むように努力しています。

JS:モチベーションを保つには小さなルーティンが必要だと思います。1日の終わり方にも影響を与えます。バカバカしいかもしれませんが、毎朝起きたらすぐにベッドメイクしています。以前はベッドメイクなんてしなかったんですけどね。私は仕事ではとても細かいタイプなのですが、プライベートでは大雑把なのです(散らかっているのも好きですよ)。ある時、ベッドメイクをすると気分が良いことに気づきました。1日を気持ち良くスタートでき、仕事を終えて帰宅したときも気分が良いのです。ベッドメイクには2秒とかかりません。脳が起きる前に行い、サボったり、後でしたりしないようにしています(意味はわかりますよね)。小さいことの実践ができなければ、大きなことなんて成し遂げられないでしょう。


7.現在、直面している問題はありますか?

JS:全てを知る必要はないと自分に言い聞かせています。書体業界で他の人が夢中になっていることに対して、私はそこまで興味がないのです。見当もつかないことを目にすると、「どうしよう。勉強するべき? あれって私も知っておくべき?」と参ってしまいます。基本的には私は好奇心旺盛ですし、可能ならば全ての知識を得たいと思っています。でもそんなことは出来ませんよね。そして行き着いたのが物事を選択して、計画的に時間を使うという考え方です。これを実践するには、優先順位の低いことは断る勇気が必要です。この葛藤は常にありますが、浅く広くと深く狭くのバランスを模索しています。

CE:同感です。プロビデンスの新オフィスを立ち上げるにあたり、毎日多くの課題があります。落ち着いてくれば、徐々にスムーズになってくると思います。書体デザイナーとしてフルタイムで働くのはモリサワが初めてです。グラフィックデザイナーから、ペースがゆっくりな長期プロジェクトを扱う書体デザイナーの仕事に切り替えるのは大変ですね。

Interior of "The Design Studio" where MPDO is located.

(前半おわり)


インタビュー後半では、書体デザイン以外の生活や考え、現在すすめているプロジェクトなどについて伺います。おたのしみに!

2018年2月22日

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人物プロフィール

C
ジェム・エスキナージ

ジェム・エスキナージはロード・アイランドのプロビデンス在住のトルコ人の書体デザイナー、グラフィック・デザイナーです。RISDで書体描画の冒険を始めました。同学校では美術修士号を取得しています。現在はMorisawa USAのMPDOで書体デザイナーをしています。その傍らで自身のスタジオの仕事もDesign Office Providenceのメンバーとして続けています。好きな色は黄色です。

www.cemeskinazi.com

J
ジューン・シン

ジューン・シンは受賞歴のあるデザイナーで、現在はMorisawa USAのMPDOで書体のデザインをしています。コーネル大学で美術史の学士号取得後、RISDでグラフィック・デザインを学び、グラフィック・デザインで美術修士号を取得しました。書体制作をしていない時は、Design Officeの自身のデスクで、主にグラフィック・デザインかレタリングプロジェクトに取り組んでいます。Design Officeはクリエイティブな共有スタジオスペースです。彼女は6月(ジューン)生まれではありません。

Twitter: @notbornin_june

Site page: www.notborninjune.com

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type.centerの編集部です。文字関連イベントをレポートしたり役立つ情報を発信できるよう努力してまいります。よろしくお願いします。

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