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第30回 一粒の声『詩ってなんだろう』

文字食のコラム 「その字にさせてよ」

第30回 一粒の声『詩ってなんだろう』

第30回 一粒の声

『詩ってなんだろう』(筑摩書房)谷川俊太郎 装丁:平野甲賀

 どんぐりのケーキが忘れられない。

ほんとうに食べたのではなく、むかし本で読んだのである。

物語の舞台は戦時中の日本。人目を避けて暮らす外国生まれの小人たちが、どんぐりの実を拾いあつめて、粉にして、ケーキをつくり、たくましく生きのびてゆく。

どんぐりって、あれか。近所の公園や、校庭にたくさん落ちている、あの、どんぐりか。

食べられるのか、あれ。

当時、小学生だった私は、その新しい事実に衝撃と感動をおぼえた。

見る目が変わる、とは、まさにこのことである。

さっそく翌日から、どんぐり拾いに熱中した。

地面に屈みこみ、落ち葉に埋もれたどんぐりを探しながら、「小人」のサイズではなく人間用のケーキをつくるには途方もない時間がかかると気づいたけれど、それでもやめなかった。ひとりぼっちが妙に心地よかったからだ。

没頭しているうちに、こころがだんだん静かになって、もしもいま、孤児になったら、という考えがとつぜんひらめいた。

勿論、そんな可能性のある状況に置かれていたわけではない。家族や友達と喧嘩をしたわけでもない。

でもたしかに本気だった。

もしも孤児になったら、どんぐりのケーキを食べて生きていく。

そう思ったら、心の底から不思議な強い感情がわいてきたのを覚えている。

手のなかにある実の一つひとつが、とても小さくて、硬くて、そこに在ることがしみじみと感じられたことも。

 本書の題字は、あのとき拾いあつめた、どんぐりみたいだ。

かたちも大きさもバラバラで、手のひらをひろげれば好きにころがっていきそうなどんぐりの、しっかりと硬い感触を文字にしたような感じ。その一粒、一粒に、強い生命力がつまっている。

「詩ってなんだろう」

このシンプルな問いかけに、これほど似合う文字はない。

 書き手は平野甲賀という有名なデザイナーである。

その自由闊達な文字の、無邪気な子どもが書いたように単純で素直なかたちが「プリミティブ」と形容されるのを聞いたことがあるけれど、私にはよくわからない。

わからないけれど、この文字から感じる、陽気で楽しそうなのにちょっと孤独な感じもするところがそうなのかもしれないと思う。

 本書に収められた詩は明るいものが多いのに、読んでいると、やっぱりすこしさびしい気持ちになる。

それは決して嫌なさびしさではない。

「詩ってなんだろう」という問いに対して、「詩そのもので答えるしかない」と考えた谷川俊太郎が、「自分の考え方の道筋にそって詩を集め、選び、配列し、詩とは何かを考えるおおもとのところをとらえたいと願った」本である。

そうして選ばれたさまざまな「詩」のなかには、おどろくべきことに「いろはにほへとちりぬるわ」からはじまる「いろはうた」も、「あいうえお」の五十音も含まれている。

これも詩なのか、と目をみはる。

どんぐりが食べられるものだと知ったときみたいに。

カキクケコ カキクケコ
かきくけこのかたいこと
かちかち こちこち かめません
――まどみちお「かきくけこのかたいこと」より

 子どものころを思いだしながら、こんな詩を読むと、うれしくて思わず口もとがゆるんでしまう。

一方で、「もじがなくても」と題された章には、こんな言葉がそえられている。

もじがなくても、もじがよめなくても、詩をたのしむことはできる。詩は、もじがうまれるまえからあった。

おとだけでいみのないうたや詩がある。でもいみがなくとも、こえにはひとのこころをうごかすちからがある。もじにはおとがある、詩にはこえがある。

 文字は詩である。

それはつまり、文字は、ひとのこころによって初めて声をもつことができるということだ。

そんなふうに見る目を変えると、言葉の力がより強くこちらに伝わってくる。

揺るぎない実在感。

どんぐりまなこで、自分の生きる糧を探していた気持ちがよみがえってくる。

僕には是非とも詩が要るのだ
かなしくなっても詩が要るし
さびしいときなど詩がないと
よけいにさびしくなるばかりだ
――山之口獏「生きる先々」より

「あとがき」によれば、本書が生まれたきっかけは、小学校の国語教科書に対する不満だという。

教科書には私の作も含めて多くの詩が収録されているのですが、その扱い方がばらばらで、日本の詩歌の時間的、空間的なひろがりを子どもたちにどう教えていけばいいかという方法論が見あたらないのです。

 私はこの文章を「文字」に置き換えて読んだ。

世のなかには多くの文字情報があふれているけれど、「音」ではなく「声」をもっている文字はごくわずかだ。

その声は、子どもたちに届いているだろうか。

時間や空間をこえて受け継がれてきた詩を、どのように未来へ伝えてゆくか。

「文字とは何か」という問いには、文字で答えるしかないのだろう。

2018年4月9日

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文字食のコラム 「その字にさせてよ」

正木香子

文筆家。文字を食して言葉を味わう「文字食」日々実践をモットーに、エッセイ・コラム・ルポルタージュなどの執筆を行う。著書に『文字の食卓』(本の雑誌社)、『本を読む人のための書体入門』(星海社新書)、雑誌『デザインのひきだし』にて「もじのひと」連載中。

http://www.mojisyoku.jp/

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