文字による文字のための文字のサイト

字母、それは文字の母

ほぼ二字コラム

字母、それは文字の母

5月の第2日曜日は「母の日」です。わたくし、実の母への感謝の気持ちそっちのけで、文字の母について記事を書きます。お母さん、息子は元気に働いていますよ!


さて、文字の母ってなんでしょう? 活版印刷では活字の「母型」というものがありました。「字母」とも呼ばれます。活字を鋳造するときに、この母型を鋳型にセットして溶かした合金を流し込んで活字をつくったんですね。

これが「母型」

「母型」のことを説明しようと、写真が載ってる本を探したところ、なんとも今回の話題にぴったりなタイトルだということに気付きました。この本、『文字の母たち』っていうんです。

『文字の母たち Le Voyage Typographique』港 千尋(インスクリプト)

写真家であり著述家でもあり、最近は「あいちトリエンナーレ2016」の芸術監督も務めた港 千尋さんの2007年に出版された本で、分類としては写真集ではあるんですけど、ところどころ書かれているコラムには活字の歴史やら技術的なことも記されていて資料的価値も高い。

サブタイトルはフランス語で「Le Voyage Typographique」

掲載されている写真は、パリにあるフランス国立印刷所と、市谷の大日本印刷で撮られたもの。フランス国立印刷所では、ネリさんという女性の活字彫刻師(印刷所が始まって五百年の歴史の中で紅一点!)や、鋳造、組版、印刷のようすが載ってます。

フランス国立印刷所の活字彫刻師、ネリさん

一方、日本では大日本印刷の活版部門の彫刻師で最後の職人、中河原勝雄さんの「直彫り(活版印刷の現場で必要になった特殊な文字をその場で直接彫ること)」のようすも、克明なレポートとあわせて載っています。もちろん、母型や活字の棚に並ぶようすや、文選しているところ、原字やパターンなんかの写真もあります。

大日本印刷の職人、中河原勝雄さんが直彫りをしているようす

そんな一連の活版印刷の流れを眺めているだけでも興味深いし、コラムも読み物としては充実の内容で、そこから受ける知識たるやかなりの量です。

とはいえ、そこに写されているのは、いまや絶えようとする活版金属活字の最後の姿でもあるわけです。いちばん最後のコラムには

整然と並べられた文字の器。現在は使われなくなったこれらの母型は、ある時代に生まれた書体のかたちだけでなく、そのために傾けられた知恵と複雑で緻密な工程をも伝えている。文字は行き物であると言われるが、その母型は遺伝子にあたるかもしれない。標本箱の中にあるのは、活字という名の文化遺伝子ミームだと言ってもいいだろう。たとえ活版印刷が途絶えたとしても、未来の文字のデザインにとってはかけがえのない記憶なのである。

なーんてなこと書かれていて、おもわず泣けてしまう。

パターンの原字。秀英体ですね

どうもありがとう、「母型」!
どうもありがとう、「文字の母たち」よ!
と、活版印刷から脈々と連なる文化遺伝子ミームを受け継いたデジタルフォントを打ちながら思う、母の日でありました。

2018年5月13日

シェア

ほぼ二字コラム

塚田哲也

大日本タイポ組合のひとり。新世界タイポ研究会のメンバーでもある。ソロ活動として、デザイン関連ダジャレコンテスト「グッドデザイソ」をtwitter上で開催中。

連載記事一覧
今日
昨日
おととい
ちかごろ
あいうえお かきくけこ さしすせそ たちつてと なにぬねの はひふへほ まみむめも やゆよ らりるれろ わゐゑを ん がぎぐげご ざじずぜぞ だぢづでど ばびぶべぼ ぱぴぷぺぽ 0123456789.
連載記事一覧
連載記事一覧
ほぼ二字コラム
エンブレム最終4候補を書体でみてみる
エンブレム最終4候補を書体でみてみる
東京2020大会エンブレム最終候補4作品が4月8日に発表されて、25日に最終決定されるとか。前にも書いたようにエンブレムそのものはもちろん、それに伴って開発されるオリジナル書体もホントは注目していきたいところ。最終候補に使われている書体はどんなもんなんでしょうか。軽く調べてみまし…
ほぼ二字コラム
ここ最近の五輪エンブレムとオリジナル書体をおさらい
ここ最近の五輪エンブレムとオリジナル書体をおさらい
2020年の東京オリンピックエンブレムに関しては日々話題に事欠きませんが、ここであらためて近年のオリンピックエンブレムのデザインと、それに伴って開発されているオリジナル書体について、いま一度おさらいをしてみましょう。