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プラハの秋──2004年のATypIバッグ 永原康史

ATypI クロニクル

プラハの秋──2004年のATypIバッグ 永原康史

2019年に東京で開催される「ATypI Tokyo 2019」。これまで世界各地で開催されたこの国際タイポグラフィ会議とは、いったいどのようなものなのでしょうか。

グラフィックデザイナーで多摩美術大学情報デザイン学科教授の永原康史さんは、2004年開催のプラハ大会に参加した際のようすをオフィシャルバッグに詰まった資料とともに振り返ります。

プラハの秋──2004年のATypIバッグ

永原康史

 ぼくがATypIに通ったのは2002年から2006年の5大会である。10回近くは参加した気でいたのだが実際はわずか5回でしかなかった。記憶はあてにならない。

最初に行った2002年はローマ大会で、ローマだからてっきり記念大会だと思い込んでいたのだが、何のことはない、46回という中途半端な回だった(やはり記憶はあてにならない)。

しかし、一番思い出深いのもローマである(詳しい話は拙著『デザインの風景』に収録されているのでご参照ください)。ここで小林章氏やヨアヒム・ミュラー=ランセイ氏とはじめて会ったのだ。小林さんはまだライノタイプ社(現モノタイプ社)に入社して2–3年のころだったと思う。精悍な新進タイプデザイナーという印象だった。ヨアヒムはそのころから変わらず飄々としていた。

その後親交が深まって、小林さんには私が所属する多摩美術大学情報デザイン学科の客員教授になっていただいて、毎年ワークショップや講演をしてもらっている。ヨアヒムは2012年の「Typologic展」にも参加してくれて、彼が日本に来るときには必ず会うような友人になっている。ローマではなかったが、アドビの山本太郎さんとも初対面はATypIだったと思う。

 日本人だけではなく(そもそも日本からの参加者はほとんどいなかった)、エリック・スピーカーマンやロジャー・ブラック、スザンヌ・リッコ各氏ら、遠くから見ていた海外のデザイナー、タイポグラファーと出会うことができたのもATypIだからだろう。ランチタイムや移動時間に誰とでも気軽に話ができる雰囲気があった。

ぼくは英語がそれほどできるわけではないが、タイポグラフィの話をする前提があるので言葉が通じやすい。同好の士が集まる利点だが、実はネイティブの英語話者が少ないということもある。

とりもなおさず、この5年のATypI体験がなかったら、ぼくのタイポグラフィ人生はずいぶん違ったものになっていただろう。


 さて、この原稿を書くにあたって資料を探していたところ、2004年プラハ大会のオフィシャルバックが、中身が入ったままの姿で出てきた。旅から戻ってかたづけるのが面倒で、そのまま保管したらしい。

ATypIでは、カンファレンス前日の午後に登録を行ない、講演のスケジュールや協賛企業の資料が入ったトートバッグとTシャツを受け取る。夕方から基調講演を聴き、オープニングレセプションに参加し、翌日からはそのバッグを持って会場にでかければいいようになっている。2004年はすでに3回目の参加ということもあって、スケジュール表だけ持って出かけたのだろう。そしてそのままトートバッグごと持ち帰ったのだ。

 中身を見てみよう。

まず目を引くのが、マイクロソフトの新書体の紹介冊子『Now read this』である。クリアタイプテクノロジーに対応したウエスタンタイプ6書体と並んで、のちに「メイリオ」として発表される日本語書体「Meiryo」が紹介されている。

Meiryoとは「明瞭」のことで、Clearの訳語である。2004年はMeiryo(メイリオ)が完成した年なので、満を持しての発表だったのだろう。フォント単体での公開は2008年だから、ずいぶん早くプロジェクトの内容を知ったことになるが、ATypIでは珍しいことではない。こういった新技術の話題が毎回エキサイティングだった。

 もちろん、ほかのタイプファウンドリーのパンフレットもたくさん入っている。中欧での開催だからだろう、ヨーロッパの会社が多い。なかでもFontFontからは、「FontFont Catalogue 2004–05」と称した書体見本帳の更新分の冊子(128ページもある)と二つの新書体のパンフレットが提供されている(FF Unit は2003年の発売だったんだな)。丹念につくられたパンフレットで、日本の書体ベンダーもこういうのをつくればいいのにと思ったことを思い出す。

 ノンラテンフォントのカタログが少なからず混ざっていることが、このプラハ大会の特徴だろう。2000年ごろから多言語フォントへの意識は高まっており、その現れだと思う。

タイプフェイスデザイナーのヴィクター・カリクの著作『NON-LATIN FONTS: Cyrillic and Other』は、無料で配られる冊子とは思えない内容とボリュームである。少しだが日本語の記述もある。

イスラエルのテルアビブセンターで行なわれたデザインスタディを綴った冊子『When I met Elias』は、イスラエルで本来使われていた言語(アムハラ語)を元に、アムハラ文字とヘブライ文字をとりもつ第三の文字をつくろうという試みのレポートである。

「人間は個々別々に生まれる。外観や能力、その可能性はそれぞれに違うが、尊敬と人権は同等である」という文章で始まるこのコンパクトでキュートな冊子は、インターカルチュラリズムというマイノリティ文化尊重の考え方を基礎にして、書体デザインの役割についての重要な問いかけを投げかけている。ノンラテンフォントというと、ついグローバルな経済活動と結びつけて考えがちだが、毎年世界のどこかで開催する国際カンファレンスだからこそ持ち得る視点だと思う。

 タイポグラフィやデザイン書を扱う出版社のカタログも散見される。ヨーロッパには小さくとも良質の本をつくる出版社がいくつもあって、そういう本を積極的に扱ってくれる書店もある。きっとそれを支える読者もいるのだろう。

ATypIでは毎回ブックストアのブースが設けられる。新刊書だけではなく古書も出るので、古い見本帳や貴重書も並ぶ。毎年それを漁るのが楽しみだった。チェコのタイポグラフィ誌『TYPO』をこのプラハでまとめ買いしたのは思い出である(今回サイトを覗いてみたらすでに廃刊したようでさみしいかぎりだ)。

 ブックストアの話が出たので、カンファレンス以外のATypIを紹介しておこう。

飲食はどの回も充実していた記憶がある。朝のコーヒー、ランチはもちろん、どの会場でもいつでも飲み物と軽食が摂れるように用意されていた。

タイポグラフィの会だけあって毎回のサインも見どころで、移動も楽しい。楽しいといえばオークションで、参加者がそれぞれ自慢の品を持ち寄って参加する。ぼくは、2003年に拙著『日本語のデザイン』を出品してエリック・バーン・ブルックランドが落札してくれた。

展示はNYTDCが定例で、そこに地元の、たとえば学生の展示などが加わることもあった。

2日目の夜はガラディナー。ようするにパーティである。最初は知り合いとテーブルを囲むぐらいなのだが、慣れてきてパーティに参加できるようになるとけっこう楽しめる。

あとはワークショップ。カンファレンスの前日(受付の前日)から始まっている。プラハでは、TypeTechのワークショップがあった。エクスカーションもあったようだが、覚えていないということは参加しなかったのだろう。

こう書くととても盛りだくさんな気がするが、実際に盛りだくさんなのだ。


 バッグの中身に戻ろう。

ATypI=国際タイポグラフィ協会の大会なので、その資料はもちろん入っている。各国の年次報告から会計報告まで入っているが、会計報告は会議に出たときに受け取ったものだろう。このころ、フランス国立印刷局のタイポグラフィ遺産の保存が問題になっていたらしく、それについての文書も入っていた(そういう活動もちゃんとしているのだ)。

 年次報告と書いたが、毎年出ているのかどうかはわからない(少なくともぼくが通った5年は毎年あったように思う)。表紙には「Reports of the country delegates 2003/2004」とある。前年会期後から1年と考えても03–04とまたぐからやはり年報なのだろうか、各国の代表者がその年のタイポグラフィのトピックをレポートする趣向の冊子である。

日本の代表者は山本太郎氏。現在も変わってないはずである。

03–04年の日本の最初のトピックとしてアイデア誌305号「タイプデザイン・トゥデイ 欧文書体設計の現在 」について書かれている。しかし本当のトピックは、フォントワークスのLETSがこの年にスタートしたことだろう。日本のフォント市場が大きく変わった年だったのだ。もちろんそれら以外にもいくつかの話題が記されており、それが18カ国分掲載されている。貴重な資料である。

 最後に、というか、メインがカンファレンスのプログラムである。この年は、プラハのかわいい街並みを思わせるような小さな判型(120x105mm)だったのでとてもメインには見えないが、内容はぎっしり詰まっている。

二つか三つの講演が同時に行なわれており。1セッションが30分。われわれ参加者は、プログラムを見ながら興味ある部屋へと30分ごとに移動する。

 プラハ大会のキーノートスピーチは、英国の視覚文化の批評家であり研究者のリック・ポイナーで、タイトルは「Crossroads of Civilizations(文明の岐路)」。これは大会全体のテーマでもある。

思えばこの大会は、ビロード革命から始まった共産党体制崩壊(1989年)を経て、1993年にスロバキアと分かれてからまだ10年しか経っていない、チェコ共和国の首都で開催されていたのだ。

この年の春、2004年5月にチェコはEUに加盟している。ヨーロッパにおいては第二次世界大戦の精算をあらかた終えることができた、まさしく岐路の年の大会だったのかもしれない。

カンファレンスでも移民や多言語フォントの問題が盛んに語られていたようにも思う。昨今の動向を見ていると、東京大会の2019年は東アジアの岐路であることは間違いなく、ホストたる私たちの見識が試されるところだろう。言語や文字は、常に社会や民族と密接な関係を持つということも、ATypIを通じて実感し、学んだことである。

 プラハ大会では、その日のできごとが翌日にはA3版の新聞になって配られていた。4冊すべて残っていて懐かしい。 バンドが入って踊りまくったパーティの写真が載っていて、キャプションに「Kerning Party in progress.(カーニングパーティの途中)」とある。カンファレンスの合間のパーティを「カーニングパーティ」と名付けるほどに、なによりタイプフリークたちの集まりなのである。

2018年6月15日

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人物プロフィール

永原康史

グラフィックデザイナー、多摩美術大学情報デザイン学科教授。電子メディアや展覧会のプロジェクトも手がけメディア横断的なデザインを推進している。『インフォグラフィックスの潮流』(誠文堂新光社)など著書多数。タイポグラフィの分野でも独自の研究と実践を重ね、『日本語のデザイン』(美術出版社)など多くの著作を発表。制作書体に、前後の文字によって異なる字形を表示する「フィンガー」(タイプバンク)がある。

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