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「文字のおともだち」がいっぱい!──TypeCon2016のこと〈前編〉 岩井悠

ATypI クロニクル

「文字のおともだち」がいっぱい!──TypeCon2016のこと〈前編〉 岩井悠

2019年に東京で開催される「ATypI Tokyo 2019」。これまで世界各地で開催されたこの国際タイポグラフィ会議とは、いったいどのようなものなのでしょうか。

字游工房のタイプデザイナー、岩井悠さんは 2012年の香港2016年のワルシャワ と、過去2回のATypIに参加。それぞれの違いなどを聞かせてもらおうとしたところ、送られて来たのは、別のタイプカンファレンス「TypeCon」についての原稿でした……。

シアトルのランドマーク、Space Needle から市内を、海を、山を一望

「文字のおともだち」がいっぱい!──TypeCon2016のこと〈前編〉

岩井悠

このたびtype.centerを運営する大日本タイポ組合の塚田さんから、ATypIの思い出を書いてほしいとご依頼をいただきました。2016年に我ら字游工房の御大、鳥海修がプレゼンテーションを行なったので、僕も鞄持ちとしてついていったからです。ワルシャワではATypIを堪能する気満々だったのですが、思い通りにことは運びませんでした。到着後は発表準備の手伝いに追われ、ホテルで缶詰状態に…。会場へはほとんど顔を出しておらず、したがって思い出らしい思い出は持ち合わせておりません。執筆をお断りしたところ、その同じ年に参加したTypeConについて書いてもよいとのこと。こちらでは自費で遊山半分に出かけた自由を謳歌しており、語りたいことはたくさんあります。同じ海外タイプカンファレンスの様子をお伝えできたらとペンをとりました。


いざTypeCon

TypeConは、SOTA(The Society of Typographic Aficionados)という国際非営利組織により開催されている、タイポグラフィーカンファレンスです。1998年に始まり、毎年北アメリカのどこかの都市で開催されてきました。僕が参加したのは2016年。ワシントン州、シアトルでした。

僕がTypeConに参加しようと思ったのは、2012年に参加したATypI香港がとても刺激的だったからです。一言でいうと「自分は井の中の蛙だったのかも…」と気付くことができたということでしょうか。日本の業界を文字業界全部と認識していたのは大きな間違いで、海外にもちゃんと同好の士がおり、和気藹々と切磋琢磨していることを肌で感じることができたのです。思い返すとこれは、僕の会社人生における大きなハイライトであった気がします。「世界が拓けるあの感覚を再び経験したい!」という気持ちを胸に、シアトルに向かったのでした。

以上のようなことを書くと、「さぞ真面目にプレゼンテーションを聴いて、その内容を血肉としたのだろうな」と思われてしまいそうですが、とんでもない! 僕は英語にそれほど堪能でなく、小難しい話題になると途端についていけなくなってしまいます。ときには何についての発表だったのかすら、ちんぷんかんぷんだったりして…。香港の会場で一番印象に残っているのは発表内容よりも、飲み物とか飴が気前よく振舞われていたことです。やたらにコーヒーをもらって、お腹をがぼがぼにしていました。

もちろんカンファレンスは、世界中の文字関係者たちが周到に用意した研究発表の場であり、それが一番の眼目でありましょう。しかしながら、プレゼンテーション以外にもたくさんのイベントがあり、「文字のおともだち」に出会える機会が数多く用意されています。それだけで、参加費や渡航費、宿泊費などのコストに対して、お釣りのくるような経験ができるはず。ここでは主に、TypeConの発表会場以外におけるできごとを、徒然なるままに記していこうと思います。しばらく時間が経っているので、記憶違いがあったら、お許しください。

展覧会場とロビーにて

実はシアトルに旅立つちょうど前日、うれしい知らせが届いていました。SOTAが書体コンペティションを開催していたのですが、そこに応募した作品が審査員賞を受けたとの一報があったのです。(ジャッジを務められた高木毬子さん、ありがとうございます!)このProtoTypeというコンテストは、実験的かつ革新的な書体を対象としたもの。デザイナー長田年伸さんと試作していた「正方形から離れる」というコンセプトのもと試作していた仮名書体を出品していました。入選作品はTypeConで展示されることになっていたので、どきどきしながら足を運びました。

メイン会場のホテルでは、いくつかの展示が行われていました。ホテル地下階のホールではTDCの作品展などが行われており、その片隅にひっそりと、ProtoTypeの作品も並んでいます。その中にちゃんとありました。我らが「あしたの丸ゴシックかな」も! 展示が意外に小ぢんまりしていたことに拍子抜けしつつも、感慨がじわじわと広がってきました。紫煙ただよう吉祥寺のルノアールで作った原稿が、太平洋を隔てた街で掲出されているこの不思議…。

ProtoTypeの展示会場

「あしたの丸ゴシックかな」

しばし感慨にふけっていると、そばに見覚えのある青年が立っていました。「ジェームス?」果たして彼はジェームス・トッドでありました。先立つこと数ヶ月、東京の食事会で夕飯を共にしたことがあったのです。彼はフィラデルフィアでJTDというファンドリーを主宰するタイプデザイナー。かつては仕立屋として修業していたそうで、腕には裁ちばさみの立派な彫り物がある美青年です。「どうもどうも」期せずして知り合いに出会うことができました。「実はTypeConに来たのですよ。それでそこに僕たちの作品があってね…」という話から、書体コンセプトの説明をすることに。英語で込み入ったコミュニケーションができるか心配でしたが、「日本語はいくつかの文字体系を組み合わせて綴るのだけれど…」と始めると、彼は憂いをたたえた面持ちで深く頷きながら聞いてくれます。なんとか伝えたいことは汲み取ってもらえたようでした。このときまでに英語で書体の説明をするなどという機会は、あまり多くなかったように思います。最後まで辛抱強く話を聞いてもらったおかげで、ちょっと自信を持つことができました。ありがとう、ジェームス!

その後、ジェームスはホテルのロビーである人を紹介してくれました。世にも有名な書体制作ツールGlyphsその開発者、ゲオルグ・ザイファートです。噂をかねがね聞いていた人にいとも簡単に引き合わせてもらえて、びっくりしました。僕の勤める字游工房では、主にドイツURW++社のIKEDというツールを使用しており、当時はまだGlyphsを触ったことがありません。「よくわかっていないのだけれど…」という僕に、ラップトップの言語設定を日本語に切り替えて、様々な機能のデモンストレーションをしてくれます。理解は全然追いつきませんでしたが、どうやらGlyphsは他のツールと比べて、直感的な操作ができることが特徴みたい。今思えば、実演してくれた機能の一つは、スマートコンポーネントと呼ばれるものだったのかな。漢字の部首やストロークを自在に変形させて作字する様子は目新しく、漢字設計の新たな可能性を感じさせてくれるものでした。そして何より驚いたのは、彼のエラー修正をする様子です。問題を見つけると、説明の途中でも「ちょっと待って」と言ってはその場でぱぱっとプログラムを書き換えてしまうのです。僕がソフトウェア制作についてずぶの素人だから特別感動しただけなのかもしれませんが、天才の所業であるかのように映りました。この機敏さが少人数による開発を支えているのかな。

Glyphsは世界中の様々な文字体系の開発に対応していて舌を巻くばかりです。そして、専門的で難しいと考えられていた日本語フォント制作の敷居を、ぐっと引き下げてくれました。しかし、漢字の効率的かつ効果的な制作となると一筋縄では行きません。これには独特なノウハウが必要で、依然として作業のハードルは高いのではないかと感じています。僕からも字游工房で慣行されている、12文字から400字、400字からJIS第一水準、第一水準から第二水準と、字種を「拡張」していくアプローチについて説明しました。このような作業フローを支援する仕組みが組み込まれたら、多くの人にとって漢字書体開発がもっと身近になるかもしれません。僕の話がなにかしらのヒントになったら、うれしいな。

ワークショップ

TypeCon2016にはメインプログラムの他に、オプションで参加可能なイベントも用意されていました。丸一日がかりのものから半日で終わるものまで、実際に手を動かして体験できる様々なワークショップもあります。僕はその中から、ジョン・ダウナーさんとポール・ヘレラさんによる、2日連続のクラスに参加しました。それぞれ、サインペインターとカリグラファーである両氏が、平筆を使ったレタリングを指導してくれるというもの。説明書きには「筆をコントロールすることを練習します。ストロークの連続と方向に重点を置きながら、適切な字形の構成を指導します」とあります。僕は日々書体制作に携わる中で、手で書かれた文字の形を理解していることの大切さを感じてきました。しかし、以前に欧文を手で書いたことはほとんどありません。「ラテンアルファベットの基本的な字形を理解できたら…」との思いから、参加してみることにしたのです。このワークショップには、Adobeのタイプエンジニアで学校の先輩でもある服部正貴さんも参加されていました。

ジョン・ダウナーさん

ワークショップの教室

ワークショップ1日目はサンセリフ体、2日目はローマン体の大文字に挑戦します。それぞれB4版くらいの、文字の各ストロークが輪郭線で示されたお手本が配られました。これを見ながら、筆の運びを練習するというわけです。平筆と黒い水溶性インクを手にしてまず初めに訓練したのは、大文字Iをステム幅と同じ間隔を空けて何度も書いていくこと。サンセリフ体のIは、言ってみればただの長方形です。これを一筆で再現することはたやすいようでいて、なかなか難しい。歪んだり、起筆や終筆がばさばさと荒れてしまったり、なかなかうまくいきません。でも、しばらく続けていると徐々に要領がつかめてきました。Iができると次はH、Oができると次はDというように、稽古したストロークが組み合わさった文字へと進みます。初日は等幅のサンセリフ体なので、曲線を書くときは太さを維持するために筆の軸を捻りながら、翌日のローマン体は軸を固定させて、太さに肥瘦を作りながら運筆しました。やっぱり、一朝一夕の手習いでは全くうまくいきません。

先生によるブロック体の模範(最終行)

ローマン体の手本とその練習

僕たち受講者が手を動かしている中、折に触れてジョンさんがデモンストレーションをしてくれます。課題のお手本のほか、実際のお仕事に近いような看板を即席で書き上げるところも見せてくれました。練習用紙が入っていた段ボール箱にごく簡単な下書きをし、迷いのない筆さばきでどんどん書き進めていきます。ときどき冗談を言いながらも、動作に全く淀みがありません。文字そのものだけではなく、おまけのシャドウや囲み罫までついた作品が、ほんのわずかな時間で完成してしまいました。記された「TypeCon at SVC」の文字は筆勢を感じさせつつも、画面の中で完璧な均整を保っています(SVCはワークショップの会場、School of Visual Conceptsの略です)。まさに職人技とはこのことです。

看板制作のデモンストレーション

完成

また、クラスではサインペインターとしてのお仕事についていろいろな話をしてくださいました。何よりも心に残ったのは、常に時間を意識しながら作業をされているということです。たとえば、練習用紙に補助としてベースラインとキャップラインを引く方法。両手に定規を持つと同時に、右手には鉛筆を握り、左手はガイドの役割を果たすイーゼル底辺へと当てます。そして左足から右足に体重移動をして上半身を動かしながら、等間隔の平行線を引いていくのです。いちいち長さを測ったりすることはありません。先述した即席看板の罫線もこの要領で描かれています。「例えばスーパーマーケットの壁面にサインが書かれているとする。広い駐車場から細かいところは見えない。そんなところは気にせず早く済ませて、もう一件仕事をして、お金を稼ぐんだよ」一般的なタイプデザイナーとはまた違う、サインペインターならではの労働倫理に、かっこよさと憧れを感じました。

参加者のほとんどが慣れない作業に悪戦苦闘している中、最前列の机に鮮やかな手つきでどんどん書き進めている東洋人がいます。彼の書く字は醜い拙作とは似ても似つかず、デジタルフォントを出力したかのよう。素人目に見ても素人離れしていることがわかります。ゆったりしたワークパンツにキャップを浅くかぶった姿は、いかにも職人然としていました。お昼休みに服部さんとサンドイッチを食べていると、「日本人ですよね」と日本語で話しかけられました。彼はケンジ・ナカヤマさん。ボストンでサインペインターとして活動されているそうです。やっぱりプロでした。大学で技術を修め、その後長きに渡って彼の地で休みなく仕事してきたので、休暇を兼ねてシアトルにいらしたそうです。世の中にはサインペインターを名乗っても、文字をストロークではなく下書きの輪郭を塗りつぶしていく方法で制作する人もいるとのこと。その中で一画一画書くことを大切にされているケンジさんは、昔気質の正統派であるジョン・ダウナーさんに大きな影響を受けておられるようでした。

ワークショップの2日目も終わりに差し掛かかるころ、ジョンさんが受講者にプレゼントをしてくれました。15人ほどの中から抽選で数名に、好きな言葉を特別に書いてくださるそう。各人メモに名前を書き、くじ引きの時間です。すると、なんと僕の名前が当たってしまいました。やったー! 他の当選者は、ご自分やペットの名前を書いてもらっています。僕は「Jiyukobo Ltd.」とお願いして、会社へのお土産にすることにしました。ここでは下書きなしで、綴りを確認しながらどんどん筆を進めていきます。ものの数分で、可愛い丸ゴシック風に書かれた作品が完成しました。右下にサインを入れてもらったこの作品は、ただいま字游工房の打ち合わせスペースに飾ってあります。

会社打ち合わせスペースの作品

2日間に渡るワークショップが終わりました。なかなか上達はしなかったけれど、平筆で書くことによって現れる自然な文字の形に親しむことができたのは、大きな収穫でした。夕方に解散となった後は、服部さん、ケンジさん、他のワークショップに参加されていたデザイン編集者の宮後優子さんと連れ立って夕食に出かけました。向かったのは桟橋に立つ海辺のレストラン。テラスで西日を受けながら、よく冷えたシアトル名物のクラフトビールでカラマリを流し込むのは、なんとも幸せなひとときでした。(このとき用心のために生牡蠣を敬遠したのを、今でも後悔しています。食べ物の恨みは深いです)ケンジさんにボストンの生活や、日本での仕事の話などをうかがううちに、夜は更けていきました。

後日談ですが、この春、神楽坂のla kaguで「WORK IN PROGRESS」と銘打たれたケンジさんの展覧会が開催されていました。色とりどりのペイントで書かれた習作の数々が大きな壁に所狭しと貼り付けられた、とても見応えのある展示です。オープニングパーティーで再会したのは、シーフードを囲んでから早2年。「やっぱりTypeConに参加してよかったな」月日が過ぎてからも、シアトルでの出会いは得難いものであったと、感謝の気持ちを新たにしました。


シアトルで開催された「TypeCon 2016」の様子を綴っていただいています。2日間のワークショップを終えていよいよプレゼンテーション! といったところですがここでいったん〈前編〉終了、後日公開の〈後編〉へと続きます。

2018年8月29日

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人物プロフィール

岩井 悠

字游工房のタイプデザイナー。游書体ライブラリーや注文書体の制作に携わる。京都精華大学、文星芸術大学非常勤講師。

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type.center編集部

type.centerの編集部です。文字関連イベントをレポートしたり役立つ情報を発信できるよう努力してまいります。よろしくお願いします。

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