文字による文字のための文字のサイト

「文字のおともだち」がいっぱい!──TypeCon2016のこと〈後編〉 岩井悠

ATypI クロニクル

「文字のおともだち」がいっぱい!──TypeCon2016のこと〈後編〉 岩井悠

2019年に東京で開催される「ATypI Tokyo 2019」。これまで世界各地で開催されたこの国際タイポグラフィ会議とは、いったいどのようなものなのでしょうか。

字游工房のタイプデザイナー、岩井悠さんは AtypI は、2012年の香港2016年のワルシャワに参加しましたが、今回は別のタイプカンファレンス、TypeCon についての原稿をいただきました。

2日間のワークショップを体験した前編に続き、後編ではカンファレンスの様子などをお伝えします。ATypI と TypeCon の違いなども合わせて知ることができます。

「文字のおともだち」がいっぱい!──TypeCon2016のこと〈後編〉

岩井悠


2日間のワークショップが終わると、今度はいよいよ3日間のメインプログラムである、一連のプレゼンテーションが始まりました。ここでは何人ものスピーカーが入れ替わり立ち替わり、大きなホールで発表をしていきます。改めてガイドブックを見返すと、どれも興味深い演題ばかり。しかしながら、僕にはその詳細な内容がわかったりわからなかったりでした。残念…。そこでここでは、期間中に参加したいくつかのイベントに焦点を絞ってお話をしたいと思います。

Spacebar/The Infamous Type Quiz & Silent Auction

まず1日目の夕刻には、The SOTA Spacebarという催しがありました。バーと名のつく通り、お酒が供されるイベントです。わーい! アルコールに目のない僕は、嫌が応にもうきうきしてしまいます。ホテルの中庭に長テーブルが設えられ、飲み物と軽食がずらりと並んでいました。メニューも凝っていて、ビールはちょっと珍しい銘柄の瓶がいくつか用意されていたり、おつまみもピンが刺さった色とりどりのおしゃれなものだったり、何とも華やかな立食パーティーです。しかもなんと、全部食べ放題飲み放題。好きなものを言えば、どんどんお代わりをくれます。プログラムには「Presented by Adobe Typekit」とあるから、同社がごちそうしてくれたっていうことなのかな。Adobeさん、ありがとうございます! 御社のますますのご発展、心よりご祈念申し上げます。

どんどん人が集まってきて、パティオはすぐに人で埋め尽くされました。すると、人垣の向こうに見知った若者が立っているのが見えます。背が高くがっしりした体格、きれいに刈られた髪、おしゃれメガネにハーフパンツの出で立ちは、まるでアバクロモデルのよう。Badson Studioを主宰するデザイナーのカイル・リードです。(かつて実際にAbercrombie & Fitchでデザインの仕事をしていたそうです)彼とは2013年、東京の食事会で顔を合わせたことがあります。せっかくなので話しかけてみたいな。でも、食事会があったのは結構前だし大勢だったから、きっと覚えていないだろうな…。シャイなジャパニーズの僕は二の足を踏んでいました。そうしていると、よいものを持っていることに思い当たったのです。カンファレンスが始まると、まずはチェックインカウンターでパスをもらうのですが、とあるカードを同時に受け取っていました。そこには今回の参加者の中から30人がリストされており、うち25人以上からサインをもらうとノベルティーがもらえるというもの。そこにカイルの名前も印刷されています。そうだ、これを出汁に話しかけてみよう!

「あのー。サインもらえますか?」お願いすると、快く引き受けてくれました。「数年前、東京に行ったでしょ? 僕、ごはん会で一緒だったんです」そうしたら「ヘイ、メーン!」どうやら思い出してくれたみたい。東京も食事会も楽しかったと話してくれました。3年越しに再び挨拶することができて、よかった、よかった。しばらくすると、僕も他の人に話しかけられました。「カイルのこと知ってるの? 私もサイン欲しいんだけど」引きあわせると、自然と話の輪が広がります。サイン集めのカードには30名のリストの他に、示された条件に合う人にサインをしてもらう欄も設けられています。僕のカードには、カーメンが「ボランティアの人」、ポールが「シアトルに住んでいる人」、アリシアが「タイポグラフィックタトゥーがある人」のところに、それぞれサインしてくれました。僕は「アメリカの外に住んでいる人」として名前を書いたように思います。このカードの仕組みは、大変すばらしい! お酒でざっくばらんになったところで、見知らぬ人に話しかけるきっかけを作ってくれる、本当によくできた工夫です。主催者側はちゃんと、カンファレンスが出会いの場でもあることを心得ているのですね。しみじみ感心しました。

摩天楼そびえる空の陽は傾き、気持ちのよい風が吹き抜けていきます。スピーカーからはセンスのよい音楽。そこここから談笑のさざめき。酩酊した僕の眼前に広がる風景は、さながら海外セレブが出演するリアリティーショーの一幕でありました。(そういう番組は見たことはないのだけれど…。イメージです)

メインプログラム2日目の夜には、The Infamous Type Quiz & Silent Auctionというイベントがありました。ここでも、飲み物やスナックがどんどん供されています。問題が印刷されたプリントが配られ、軽妙な司会でタイプクイズ大会が始まりました。みんなわいわい楽しそう。しかし僕はと言えば、肩慣らしの問題がかろうじて分かっただけで、あとは一向に歯が立ちません。諦めて会場からは早々に退却してしまいました。

Type Crit/Typographic Pub Crawl/Closing Event

メインプログラム3日目の最終日には、イベントが目白押しです。昼過ぎからはTypeConにおける目玉の一つ、Type Critが行われました。これは第一線で活躍するタイプデザイナーが、希望者の書体作品を批評して、意見をフィードバックしてくれるというもの。15回目を数える2016年のアドバイザーは、世界の書体業界に名を轟かせるお三方、マシュー・カーターさん、ジョン・ダウナーさん、それに小林章さんでした。希望者はあらかじめ、会場の所定場所に据えられたリストに名前を書いて参加表明をします。定員は10人程度で、早い者勝ちだそう。参加者は順番に審査員と同じテーブルについてプリントアウトを手渡します。それを見ながら作品説明を聞いた3人が、それぞれアドバイスをしてくれるという流れ。その様子を、ギャラリーはテーブルを取り囲んで一緒に聞くことができます。

ジョン・ダウナーさんによるType Critポスター

Type Critの会場(手前左からマシュー・カーターさん、参加者の方、ジョン・ダウナーさん、小林章さん)

参加者はプロのタイプデザイナーとして活動されている方から、初めて書体を作ったという学生まで、さまざまでした。1書体のみの提出でファミリーは不可という制限があるのですが、収容グリフ数の多寡もまちまちです。一つ一つの作品については記憶が曖昧ですが、印象的だったのは審査員がどの作品に対しても、とても丁寧にアドバイスをしていたということ。書体の出来不出来でいえば、すべてが完成されていたわけではないと思います。それでも、各レベルに応じて次に考えるべき課題が示されているようでした。ここでの助言を元に修整したら、きっとどの作品も、ぐっと良くなるのだろうな。欧文書体を制作されている方は、ぜひ参加されることをおすすめします。中には僕のように、言葉が心配という方もおられるかもしれませんね。でもきっと大丈夫。「あまり英語が得意ではありません」と前置きをして説明を始めた南米出身の方がいらしたのですが、その方の作品はとても高い評価を受けていたようです。多少言語の壁があったとしても、よい書体はそれを乗り越えて自ら語る、ということなのでしょうね。

参加者の作品

Type Critの後にはお待ちかねのイベントが控えていました。その名もTypographic Pub Crawl。シアトルで生まれ育ったデザイナー/タイポグラファーのアンドレア・レクセンさんが、古い街並みが残る一画を案内してくれるというものです。昔ながらの建物に残るサインの文字を訪ねつつ、途中でいくつかのパブに立ち寄って名物のクラフトビールで喉を潤すという、夢のような企画。事前申し込みが必要なこの催しを知るや否や、すぐに参加希望のメールを送りました。

待ち合わせ場所のパブに着くと、すでに数種類のビールがピッチャーに入って並んでいます。どれも香りが良くて、すごくおいしい! ほどよく緊張がゆるんで、他20人ほどいた参加者のみなさんと打ち解けることができました。いい気持ちになって、みんなで散歩に出発です。

散歩の様子

散歩の途中で見たサインには、バラエティに富んだスタイルの文字が使われていました。表現方法も様々で、板にペイントされているもの、金属で鋳造されているもの、石や木に彫られたもの、ネオン管を曲げたもの、ステンドグラス調のものなど、様々です。中でも特徴的だったのが、レンガ建築の壁面に直接ペイントされているもの。古いものだと塗装がはげて、何が書いてあるか読めるかどうかという具合です。100年以上前に自動車のショールームが集まる区画として拓けた、この土地の歴史を感じさせてくれるものでした。この散歩で出会ったサイン文字の多くは、世界中その場所に一つしかないもの。かつては活字書体をそのまま再現する方法が発達していなかったし、個人商店がほとんどなので当然のことですが、これら唯一無二の看板がもつ多様性と表情の豊かさに心を奪われてしまいました。そして、こういった魅力的な仕事を担うサインペインターという職業に、敬意を新たにした次第です。

ステンドグラス調のサイン板

レンガ壁面に直接描かれたサイン

ペンキが剥げた古いもの

待ち合わせ場所のパブから出発して、散歩の途中で1軒、解散前にもう1軒、都合3軒のパブを回ったことになります。(あれ? もう1軒行った気がするな。気のせいかな…)さすがは地ビールの街。ライトなものからフルボディーのものまで、いろんな味を楽しむことができて大満足でした。テーブルでは、「シアトルっ子のことをSeattleiteっていうのはなんか変」という話や、ジブリ大好きカップルと日本のアニメの話をしたりして、終始和やかな雰囲気でした。楽しかったなあ。文字とお酒、両面からシアトルを満喫できた、すばらしいイベントでした。参加して、本当によかった!

パブの店内

そしていよいよ、TypeConのClosing Eventです。こちらも、少し離れたアイリッシュパブで開催されました。ここでもドリンクチケットでお酒をもらうことができます。「お前はビールを飲みに行ったのか?」と問われたら、返す言葉がありません…。がやがや賑やかな会場で、居合わせたMonotypeのデザイナーJuanと僕、それにもう1人の女性が、たまたま黒と白のボーダー柄Tシャツを着ていました。おや珍しいと並んで写真を撮ったのですが、聞くとその女性はボランティアとして参加している地元美大生とのこと。同級生2人と一緒にお手伝いをしてくれたようです。学生3人に持っていた字游工房のリーフレットをあげると、すごく喜んでくれました。游明朝体 Pr6 Rの総数見本を広げて「2万3千以上の文字が入っているんだよ」と教えると、うち1人の男子学生が「すげえ!」と、とてもよい反応。大学非常勤講師としての血がにわかに騒ぎ、即席日本語フォント講座を開講してしまいました。漢字、ひらがな、カタカナ、ラテンなど、いくつかのスクリプトが収容されていること、基本的に全角の中に設計することなど、とても興味深く聞いてくれます。ちゃんと伝わったかどうかわかりませんが、最後に彼が「あなたの英語はうまいよ」とほめてくれたので、とてもよいカンファレンスの締めくくりとなりました。

Closing Party会場近くのPike Place Market

TypeConとATypIと

5日間に渡るTypeCon日程の、始まりから終わりまで書いてきました(長々、申し訳ない!)。カンファレンスの中心たるプレゼンテーションには全く触れていないことに、我ながら感心してしまいます。実際、発表にはあまり熱心に出席していませんでした。でも、いくつか聴講して持った印象は、親しみやすいテーマが多かったというものです。ATypIに折々見られる、最先端のフォントテクノロジーやツールの発表、科学的根拠に基づく可読性や視認性の考察、活字やタイポグラフィーの詳細な歴史を掘り起こす研究など、硬派かつアカデミックな内容はやや少なめです。シアトルでMonotypeのデザイナー大曲都市さんが発表したのは、イギリスの活字鋳造者、ジョーゼフ・フライについてでした。フライの数々の副業、主にチョコレート製造業者としての仕事と、活字鋳造者としての仕事との、互いへの影響を検証するというものです。発表後のロビーでは、現存するFry’sのチョコレートをふるまってくれて、とても楽しい研究発表でした。その大曲さんはなんと、同年に開催されたAtypIワルシャワでも発表を行われています。(数ヶ月のうちに違うテーマを用意するなんて、すごい!)こちらはご自身が開発されたGlyphs用プラグイン、Bubble Kernというカーニングツールについて。どちらかというと、日々カーニング作業に時間を投資しているプロフェッショナル向けになされた効率化の提案、という趣でした。ワルシャワでご本人にお話をうかがったら、やっぱりTypeConとATypI、それぞれの特性を意識してテーマを変えられているそうです。TypeConはエンターテイメント色が強く、ATypIは学究的色合いが濃いということができるでしょうか。直木賞と芥川賞みたいな感じかな。(違うか…)

僕は「TypeCon、どうだった?」と聞かれると、「パーティーみたいだった」と答えています。「お前だけだよ!」とお叱りを受けそうですね。おっしゃる通りです…。でも、お酒の有無は別として、TypeConの各イベントには参加者同士が打ち解けやすい、居心地の良い雰囲気が漂っていました。紹介してきた以外にも、そこかしこで見知らぬ人と文字についての会話が始まります。また、カンファレンスの外でも毎晩のように、シアトルに集まってきた国内外ファンドリーの方々と夕食をご一緒させていただく機会に恵まれ、一生の思い出を得ることできました。

TypeConの運営組織、SOTA(The Society of Typographic Aficionados)の「aficionado」を字引で見ると「ファン、愛好者、マニア」とあります。この暖かいムードは、みんなに仲間意識があるためでしょう。この感覚はATypIにも共通するものです。海外のカンファレンスは、まるで世界各地の同人に出会うことができるテーマパークのよう。「文字のおともだち」が待っています!


2018年9月4日

シェア

人物プロフィール

岩井 悠

字游工房のタイプデザイナー。游書体ライブラリーや注文書体の制作に携わる。京都精華大学、文星芸術大学非常勤講師。

ATypI クロニクル

type.center編集部

type.centerの編集部です。文字関連イベントをレポートしたり役立つ情報を発信できるよう努力してまいります。よろしくお願いします。

連載記事一覧
今日
昨日
おととい
ちかごろ
あいうえお かきくけこ さしすせそ たちつてと なにぬねの はひふへほ まみむめも やゆよ らりるれろ わゐゑを ん がぎぐげご ざじずぜぞ だぢづでど ばびぶべぼ ぱぴぷぺぽ 0123456789.
連載記事一覧
連載記事一覧
ATypI クロニクル
「文字のおともだち」がいっぱい!──TypeCon20…
「文字のおともだち」がいっぱい!──TypeCon2016のこと〈後編〉 岩井悠
2019年に東京で開催される「ATypI Tokyo 2019」を目前に過去のおさらい。2012年の香港と2016年のワルシャワのATypIに参加した字游工房のタイプデザイナー、岩井悠さんによる、もうひとつのタイプカンファレンス「TypeCon」についてのレポート後編。ATypI…
ATypI クロニクル
「文字のおともだち」がいっぱい!──TypeCon20…
「文字のおともだち」がいっぱい!──TypeCon2016のこと〈前編〉 岩井悠
2019年に東京で開催される「ATypI Tokyo 2019」を目前に過去のおさらい。字游工房のタイプデザイナー、岩井悠さんは2012年の香港と2016年のワルシャワと、過去2回のATypIに参加。それぞれの違いなどを聞かせてもらおうとしたところ、送られて来たのは、別のタイプカ…