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ハングルセミナー「韓国の文字、いろいろと。」

イベントレポート

ハングルセミナー「韓国の文字、いろいろと。」

2015年2月13日、ハングルセミナー「韓国の文字、いろいろと。」(講師:ノ・ウニュ氏、主催:佐々木愛氏)が開催されました。そのレポートをお届けします。また、記事の最後に、当日、伺いきれなかった参加者からの質問と、メールによるノ氏からの回答を掲載します。


ハングルセミナー「韓国の文字、いろいろと。」

書体デザイナー/AGタイポグラフィ研究所上級研究員 ノ・ウニュ氏

左がノ・ウニュ氏。右は通訳のキム・スルギ氏。

ハングルセミナー「韓国の文字、いろいろと。」が2月13日、渋谷の光塾 COMMON CONTACT 並木町で開催された。講師は、韓国の書体デザイナーで、書体の研究者でもあるノ・ウニュ(盧恩裕)氏。15世紀にハングルが誕生して以来の貴重な資料の図版や、過去から現在までの書体例も交えながら、日本では意外と知られていないハングルの書体デザインの世界について、さまざまな視点から案内してくれた。

ハングルの誕生と原理

朝鮮では長く漢字が使われてきた。しかし、世宗大王(李氏朝鮮の第4代国王)が韓国語を表記するためにまったく新しい文字としてハングルを創始し、1446年に「訓民正音」の名で公布した。ハングルは誕生日のある世界でも珍しい文字だという。

ハングルは、子音と母音の組み合わせ。

ハングルの構成原理について、ノ氏がわかりやすく説明してくれた。ハングルは子音と母音のパーツ(字母)を一定のルールで組み合わせて、音節を表す文字をつくる。構成原理がきわめて明確で、文字システム全体が合理的に設計されていることが理解できた。

左:脱四角構造  右:四角構造

ハングルの書体は、各文字が四角い枠にきっちり収まる四角構造と、四角い枠からはみ出る脱四角構造に分類できるという。また、組み合わせ型と完成型に分類することも可能で、組み合わせ型はハングルの67の字母を機械的に組み合わせて文字を形成する。完成型はひとつひとつの文字がデザインされており、主な音節2,350文字を揃えているもの(出版でよく用いられる)と、特殊な音節も表現できるよう、11,172文字(PCや携帯、Webでよく用いられる)を揃えているものがあるという。

ハングル書体の発達

「ハングル書体の発達」のパートの前半では、書体デザイナー、チェ・ジョンホ(崔正浩、1916–1988)の制作した書体の話が中心となった。チェ・ジョンホは広く知られたデザイナーではないが、ハングル書体の現在を考えるうえで、とても重要な位置にある人物だという(なお、韓国を代表するグラフィックデザイナーのアン・サンス氏と、ノ氏が著した本 『ハングルデザイナー チェ・ジョンホ(한글 디자이너 최정호)』が最近、韓国で出版された)。

ナール風にデザインされたハングル、グルリム体。

チェ・ジョンホは1950年代に韓国の出版社や印刷会社のために書体をデザインした後、日本のモリサワや写研が韓国に写植機を輸出するにあたって、文字盤用にハングル書体をデザインする仕事を請け負った。彼は日本の書体(たとえば、ナール、タイポスなど)のデザインコンセプトに合わせた書体もつくっている。

デジタルフォント(左)と、チェ・ジョンホによるモリサワ中明朝のハングル(中央)を重ね合わせて比較(右)。

ノ氏が、チェ・ジョンホの書体と、最近のデジタル書体のデザインを比較してくれた。チェ・ジョンホの明朝体、ゴシック体と、現在、スタンダードに使われている明朝体、ゴシック体はかなり近く、チェ・ジョンホが写植機用につくった書体が、デジタル時代になってさまざまな書体に発展していると考えられるという。

左のクラシックから右のモダンまで、エレメントの違いを細かく紹介。

続いて、デジタル時代に入ってからのさまざまな明朝体、ゴシック体の特徴について、クラシック〜モダンの軸で分類する説明がなされた。明朝体については、筆文字に近いものから、エレメントがかなりシンプル化されたものまでが存在し、ゴシック体についても、モダンになるにつれてエレメントが簡略化されていく。

また、最近はスマホ用の書体も登場しており、縦長の形状が特徴になってきているという。画面に少しでも多くの情報量を盛り込めるよう、文字幅を狭く設計しているためだと考えられる。

ハングルの組版とタイポグラフィ

上は単語間に半角分のスペースを、下は全角1/3のスペースを入れた分かち書き。

ハングルの正書法では分かち書きををし、単語間あるいは文節間にはスペースを入れることになっている。スペースの幅は書体によって異なる。初期のデジタルフォントでは文字は全角でスペースの幅は半角だったが、その後、グラフィックデザイナーからの要請に応えてスペースは全角の1/3になり、現在は書体によって文字もスペースも幅が異なってデザインされている。

縦組と横組については、現在は横組が主流となっている。縦組で美しい書体が不足していることと、レイアウト用ソフトウェアの縦組機能が不十分であることも、その理由だという。

ハングル書体と日本語書体の大きさを揃えた例(Arita-Dotum Medium 18ポイントと小塚ゴシック 17.5ポイント、Arita-Buri Medium 10ポイントと小塚明朝 9.5ポイント)。

混植については、たとえば、国際的な商品においてハングル書体と多国語書体でデザインを合わせる必要性が高まってきている。ただし、ハングル書体と日本語書体を一緒に組むと一般的に日本語が大きく見えるため、日本語書体のサイズを少し小さくする必要があるという。


韓国のフォント市場〜終わりに

最近の韓国では、書体メーカーが企業に直接アプローチして企業書体を制作するケースが多くなっている。また、地域特有の書体というのもあり、ソウルなどが、アイデンティティーとブランディングの確立を目指して、都市固有の書体をつくり、使用しているという。

最後に、現代のハングル書体の原型をつくったといえるチェ・ジョンホのエピソードが再び、紹介された。若い頃のアン・サンス氏がインタビューしたチェ・ジョンホの言葉を、ノ氏が読み上げた。

「文字というのは思想と意味を伝える道具です。ですから、読む人が疲れを感じないようにデザインするべきです。文字を使うということは芸術ではありません。ですから、私は、文字を書くというより、文字の形の設計をするという言い方のほうが好きです」。

2時間以上にわたるセミナーだったが、豊富な資料と平易な説明、そしてハングル書体についてのもりだくさんの話題で、いつのまにか時間が経っていた。


追記:メールで質疑応答

時間の関係でセミナーでは伺いきれなかったセミナー参加者からの質問について、主催の佐々木氏がノ氏にメールでお問い合わせしました。その質問と、ノ氏からの回答を掲載します。


Q1:

スライドの最後に見せていただいた企業書体についておたずねします。最近、韓国では企業書体の導入事例が増えてきているのでしょうか?

A1:

企業書体は、多くの企業がいろいろな理由で開発しています。
 業種としては、クレジットカード会社のHyundai Card等の金融関連業界から、ソウル、済州道、釜山等の都市書体、NAVER、Daum、AUCTION等のWebポータル関連業界、SK Telecom、KT等の通信業界、仏教・キリスト教等の宗教業界まで、本当に分野を問わず書体を開発しています。
 多くの会社が書体を開発する理由は、書体メーカーのアプローチもありますが、以下の理由にまとめることができます。
 第1はTypographic Identityのため。
 第2は文化的な活動として、書体を無料で配布し、企業イメージの向上を図るため。
 第3はこれから書体の権利問題がさらに厳しくなることを見据え、自社書体を持ちたいからです。


Q2:

ハングルと組み合わせる欧文書体をStudio DumbarやTotal Designなどのデザイン事務所が担当した例を紹介されていましたが、欧米のタイプファウンドリーがハングルの企業書体を担当した例はないのでしょうか?

A2:

公式発表された企業書体のなかでは欧米のタイプファウンドリーと企業が直接作業した話はないですね。
 AG Typography Lab(ノ氏が所属するAhn Graphics社内付設研究所)では、AmorePacificの欧文書体であるArita Sansを開発するため、Studio Dumbarと一緒に作業しましたが、Studio Dumbarから書体デザイナーのPeter Verheulさんに依頼する方式でした。また、つい最近、Fred Smeijers(OurType)さんとSamsung Smart TV用の欧文書体を開発しました。


Q3:

ハングルの組版での一般的な段落の字下げについて教えてもらえますか? (日本は1字下げ、中国・台湾は2字下げ。)ノさんが執筆したチェ・ジョンホさんの本は、段落が3字下げになってましたが、3字下げにした理由は何ですか?

A3:

韓国では、普通に原稿用紙に書くとき、段落は1字下げです。
 しかし、昨今の出版物は、ブックデザインによって異なります。ブックデザイナーの目で見ると、韓国語は分かち書きしますし、最近の書体のスペースの幅は狭く、1文字下げでは下げていることを区別できないため、大幅に下げるデザイナーもいます。
 そもそも段落字下げは、「ここから段落が始まります」と区別させることが目的ですので、もうちょっと下げたほうがよいと思うためです。たとえば、一段落目は下げず、二段落目からは大幅に下げたりします(欧文の字下げに近い)。
 でも、これはデザイン関連書に多い方法で、一般の小説は1字下げが多いです。


Q4:

句読点について、ほとんど横組のハングルは、句読点が「,」と「.」ですね。縦組のときには「、」「。」だったのでしょうか。

A4:

昔、縦組のときには「、」「。」でした。昨今の韓国語は大半が横組で、句読点は「,」と「.」だけ使います。


Q5:

句読点についてその2。
 セミナーの資料にあった朴慶緒体の写真にあるグリフは「。」でしょうか? 現在、韓国の組版で「.」を使用する理由があれば教えてください。

A5:

朴慶緒体の写真にあるグリフは「。」です。
 現在、「,」と「.」を使うようになった理由は、英語の影響だと思われます。たとえば、ハングルの横組初期に発行された『韓英文法(1890)』という本のように、宣教師が英語に合わせてハングルを横に組んで、句読点も英語のようにした資料もあります。

「朴慶緒体」で組まれた『少年朝鮮日報』。矢印で指しているグリフは「。」


(レポート&文:稲本 喜則)

2015年3月5日

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人物プロフィール

盧 恩裕

노은유。書体デザイナー、研究者。弘益大学視覚デザイン学科卒業。同大学院で日本語発音をハングルで表記する研究で修士学位、崔正浩(チェ・ジョンホ)のハングル書体に関する研究で博士号取得。

2014年12月、安尚秀(アン・サンス)と共に『한글 디자이너 최정호(ハングル書体デザイナー 崔正浩)』をAhn Graphicsより出版。(崔正浩は写研とモリサワの写植用ハングル原図を書いた人物で、彼の原図はハングル本文用デジタル書体の明朝体とゴシック体のもとになったと言われる)。

現在は、Ahn Graphics社内付設研究所AG Typography Labの上級研究員として働いている。

http://agfont.com/

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