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アン・サンス インタビュー(前編) ハングル書体のポテンシャルを高める

アン・サンス インタビュー

アン・サンス インタビュー(前編) ハングル書体のポテンシャルを高める

韓国を代表するグラフィックデザイナー、デザイン教育者であり、1980年代に革新的なハングル書体「アンサンス体」を発表したタイポグラファーでもあるアン・サンス。

type.center編集長の大日本タイポ組合が韓国・ソウルでアン氏にインタビューした記事を、2回に分けて掲載します。前編である今回はハングルの原理とアンサンス体についてです。


アン・サンス インタビュー(前編)

ハングル書体のポテンシャルを高める

アン:アン・サンス氏
tc:type.center編集長(大日本タイポ組合:秀親、塚田哲也)

ハングルは子音と母音のパーツを組み合わせて音節を表す

tc:

ハングルは普通、パーツ(字母)を組み合わせて四角い1つの文字にしますが、アンサンス体を初めて見たとき、バラバラと組み立てているところが、リズムがあって楽しいな、と感じました。今日は、アン先生に、アンサンス体を含め、文字に対する考え方について聞かせていただければと思います。

アン:

どうか、アン先生ではなく、アンさんと呼んでください(笑)。

東アジアの文字について考えるには、まず中国、韓国、日本の言語と文字の関係について理解することが必要です。もともと、東アジアの文字は漢字から全てが始まります。中国、韓国、日本は、文字の文化圏として1つの枠に入るんですね。

ただ、違うところもあります。日本語は100くらいの音節を使うと言われています。中国語はイントネーションを別とすれば、600〜700の音節。韓国語は1000以上の音節を使います。ですから、日本は中国から100くらいの音節文字を借りてくることができました(現在のひらがな、カタカナの原型)。ところが、韓国は1000もの音節を中国から借りてくるのが難しかったわけです。そこで創り出されたのが表音文字のハングルなのです。

日本のひらがな、カタカナは音節文字で、ひとつひとつの文字をそれ以上は分解できませんよね。中国の文字も音節文字です。一方、ハングルは、子音と母音のパーツを組み合わせるので、アルファベットのようなものです(ハングルの構造について紙に書きながら、説明する)。

ハングルは、子音と母音のパーツ(字母)を決められた場所に配置して、音節を表す文字をつくる。

tc:

子音と母音を組み合わせて音節を表すわけですね。

アン:

そうです。子音、母音、パッチム(終音とも言う。「an」の「n」のように母音の後に来る子音)——このパッチムが韓国語の特徴ですが——の3段階のパーツに分けて組み合わせ、音節を表します。それがハングルを創始した世宗(セジョン)大王(1397-1450。李朝の第4代国王)の発想でした。だから、英文アルファベットと似ているところがあるんですね。ただ、英文は子音や母音の文字を横に並べますが、ハングルは子音や母音のパーツを組み合わせて1つの音節を表記します。組み合わせには「子音、母音、子音」とか、「子音、母音」とか、「子音、子音、母音」とか、いくつかの組み合わせがあります。

その点、アンサンス体も1つ1つの文字の構造を今までのハングルと同じように考えています。ただ、四角の枠に入れないから、自然とパーツが離れるんですね。

アンサンス体はハングルの構成原理を守りつつ、四角い枠から脱している。

欧文アルファベットのように書く運動があった

tc:

ソウルの街を歩いていると、ハングルのパーツをばらして、英文のように横に並べるような書き方も見かけますね。

アン:

韓国では20世紀の初めから一部のハングル研究者たちが英文のようにハングルをバラして書くことを主張したんですね。そういう運動は1960年代まで続きました。

ハングルのパーツを欧文アルファベットのように横に並べた例。

tc:

それはデザイン上の理由からですか。

アン:

デザインとしてというよりも、日常的に、欧文アルファベットみたいに横にしていこう、ということですね。パーツを組み合わせるのではなく。

tc:

欧文の考え方を取り入れた。

アン:

そうです。ただ、それはハングルの、音節を1つの塊にするという考え方を破壊する行為になります。ハングルの特徴を深く理解しない、西洋への憧れから来た考え方だったのだろうと思います。

tc:

アンさん自身はそういう考え方についてどう感じていますか。

アン:

ハングルを最初に創ったときの概念をはっきり理解していなかったのだと思いますね。ハングルをどういう考え方で創ったのか、その理念や原理を理解していたら、(横に並べるのは)無理のある試みだとわかったはずです。おそらく、当時は機械化のことを考えていたのでしょう。タイプライター化するための考え方ですね。

アンサンス体は、パーツが四角い枠に入らないといっても、ハングルの原理に従っているので、理念がまた違います。

アンサンス体は四角い枠よりも文字の原理を重視している

話を聞くtype.center編集長の大日本タイポ組合(奥左:塚田哲也、奥右:秀親)

tc:

ハングルは構成するパーツが少ないのに(子音、母音合わせて40個)、韓国語の1000以上ある音節を表現できますよね。それは、ある意味、楽譜に似ているようにも感じるんです。音符も数は限られているんだけど、つなげると複雑な音楽になりますよね。アンサンス体は特に楽譜のように見えて、そこが面白いな、と思います。

アン:

そういうふうな見方もありますね。アンサンス体には四角い枠に収まらないリズムがありますから。

韓国や日本の文字は漢字の影響を強く受けていますが、漢字はずっと四角い枠の中に書かれ続けてきました。漢字の歴史をたどると、まず中国の秦の時代(B.C.221 - B.C.206)に漢字の字形は1回標準化されました。

tc:

小篆ですね。

アン氏は常にメモ帳に図や文字を書きながら話す。

アン:

はい。その前は漢字もすごく多様な形をしていたんですが、秦の始皇帝が小篆に字体を統一させました。そして、今使っている漢字へと統一されたのが唐の時代(A.D.618 - 907)で、楷書体が確立されます。行書体、草書体のような書き文字ではなくて、楷書体が全ての漢字の標準になり、四角い形に固まりました。それから時代が経て、15世紀に韓国でハングルが創られます。ですから、ハングルは四角い枠に入れることが当たり前の時代に生まれたわけです。

ただ、もともと創ったときの原理を考えると、ハングルはパーツの組み合わせとして考えるべきなんです。そして、その原理に従って、四角い枠から脱しようとすると、横に並べるのではなく、アンサンス体みたいな形になるんですね。

tc:

ハングルは成り立ちからしてかなり記号的ですよね、書かれた文字から生まれてきたのではなくて。楷書よりむしろ記号っぽいシンプルなデザインになっているのはそういう原理に基づいているからですよね。

アン:

はい。意図的にデザインされた文字ですね。筆から自然に生まれたものではなく、考えて形を創っていったんですね。

tc:

デザインされた発音記号がそのまま文字になった。面白いですね。

(構成:稲本喜則、図版作成・編集協力:ノ・ウニュ)


後編では、アン氏が創立したデザイン学校「PaTI」のコンセプトについてうかがいます。乞うご期待!

2015年3月19日

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人物プロフィール

安 尚秀

Ahn Sang-Soo。韓国を代表するグラフィックデザイナー。

1981年、ソウルの弘益大学で美術修士号を取得。1985年、アングラフィックスを設立。アンサンス体を発表してハングル書体の新しい可能性を示した。以後、各国で個展やグループ展を開催するとともに、さまざまな賞の審査員や国際イベントのホスト役等を務める。1991年、母校・弘益大学においてタイポグラフィ、エディトリアル・デザインの教授に就任。ICOGRADA副会長(1997-2001)、韓国視覚情報デザイン協会会長(1999-2000)を歴任。2007年、ライプツィヒ市からグーテンベルク賞を受賞。2012年よりソウル市デザイン財団の理事長を務める。2013年にはデザイン学校「PaTI(PajuTypographyInstitute)」を創立し、新しいかたちのデザイン教育に取り組んでいる。

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type.center編集部

type.centerの編集部です。文字関連イベントをレポートしたり役立つ情報を発信できるよう努力してまいります。よろしくお願いします。

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