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第1回 まだ幕は上がらない『時間のかかる読書』

文字食のコラム 「その字にさせてよ」

第1回 まだ幕は上がらない『時間のかかる読書』

新連載「その字にさせてよ」はじまりました。『文字の食卓』『本を読む人のための書体入門』の作者である正木香子(文字食 @mojisyoku)が一目惚れした「文字だけの装丁」をテーマにコラムを掲載します。

第1回 まだ幕は上がらない

『時間のかかる読書』宮沢章夫(河出文庫) 装丁:水戸部功

 装丁をテーマに、コラムを書かせていただくことになった。

読書の楽しみは、読む前からすでに始まっている。

初めて表紙を目にして、ページを開くまでの間に、何を考えるか。そこで読者を立ち止まらせる装丁なくしては、作品へ向かって進んでゆくエネルギーもまた生まれない。その矛盾におもしろさがある。

私が一目見て「読みたい」と思った本、吸い寄せられるように思わず手にとってしまった本を、新旧問わず、おそるおそる紹介していきたい。

ルールはたったひとつ。

文字だけの装丁であること。

 文字だけの装丁を定義づけるのは難しい。

表紙(カバー)に当然含まれる書名、編著者名、出版社名などの他に、写真やイラストが入っているのは問題外としても、たとえば「背景」についてはどのように考えるべきか。

白地にかかれた文字と、黒ベタ白ヌキの文字とでは、同じ書体でも印象がまったく違うし、色彩の配分や紙質によっても言葉の意味合いは微妙に変化する。その変化をもたらしているのはむしろ文字以外の要素との相関関係であるのに、はたして「文字だけの装丁」といえるのだろうか。

あるいは、文字に下線が引かれているのはどうか。

強調線は文字の一部と思えなくもないが、装飾としての線は、見方を変えれば「模様」という「絵」になりうる。ましてや文字を罫で囲んだりしたら、概念上は立派な額縁も同然ではないか。

そうだ、☆マークは?(……ここで意味はないが、「つのだ☆ひろ」とノートに書いて、しばし考えこんでしまった)

心配しても仕方ないことではあるが、つのだ☆ひろの☆は文字なのか。

☆は記号だと主張する人もいようが、「星の絵を描け」と言われたら、私はたぶん☆を描く。書くのではない。絵に自信がないからこそ、気持ちの上では描いている。

その気持ちに嘘をつくようで後ろめたいが、所詮、言葉はすべて記号なのだ(←と自分に言い聞かせる)。

ならば絵と記号との違いとは何か。

コンピューターの入力機能で変換できるものは、すべて文字の範疇に属するのだろうか。

文字だけの装丁について考えていたら、いつの間にか文字とは何かを悩み始めてしまい、いつまでも書きだすことができない。


 第1回目の本は、そんな私にぴったりの1冊だ。
『時間のかかる読書』

劇作家の宮沢章夫が、なんと11年もの歳月をかけて横光利一の「機械」という短編小説を読み続けた、驚くべき読書の記録である。

最近、文庫が出た。

この装丁が私はとても好きだ。

 カバー表1いっぱいに、ぎっしりと詰まった文字。

いや、正確には「ぎっしり」ではない。

右上の「宮沢章夫」という著者名と「時間」、左下の「河出文庫」と「読書」との間に、それぞれ1字ぶんのアキがある。

 さて、みなさんは、いったいどこから読みはじめるだろうか。

私の場合、すぐ目に入ったのは「宮 沢 章 夫」である。

次に名前のそばにある「時 間」。そしてなぜかいきなり左下に飛んで、文末の「読 書」を読んだ。

この時点で、平仮名はまだ風波のように茫漠たる存在だ。漢字のパワーはすごい。

しかし、言葉として認識できるのは、きっと漢字で表記されていることだけが理由ではない。
よく見ると、「時 間」と「読 書」という2つの単語は、いちばん下の行にも入っている。なぜ最初はこれに気づかなかったのだろう。

意図された2カ所の空白が重要なのだと思う。

無意識のうちに視線が誘導されている。

人は文字よりも先に余白を見ているのだということがよくわかる。文字は文字がない部分によって生かされているのだ。

 文字がブロック化した表紙のインパクトは、「機械」という作品の特徴でもある、極端に改行の少ない緊密な文章を連想させる。

一方で、表紙に使われているのがいわゆる小説の書体ではないことにも注目したい。純文学である「機械」のイメージとはずいぶん隔たりのある、細いゴシック体がなぜ選ばれたのか。

それは『時間のかかる読書』が、雑誌連載として書かれたことに関係があると思う。

10年以上にわたる連載の間、1回で読み進めた文量はわずか「5行ほど」。雑誌のキャプション程度の長さだ。そのたびに脱線し、飛躍と妄想を繰り返し、誤読しては、最初に戻ってまた読んだという。停滞によって読書という行為に何が生まれるのかを無心に見つめた本である。

しかし「無心」というにはあまりにも長すぎる年月を、ひとつの作品と寄り添うことができたのは、時間を忘れて没頭したからではない。忘れなかったからこそ長く続けられたのだ。文字の一つひとつに存在感があるわけではない、秒針が時を刻むように並んだ様子は、いかにも細切れの時間をつかって、日常の些事とも向き合いながらする読書という感じがして、妙な既視感を覚える。

 もっとも多く繰り返される文字が、「か」であるという選択もすばらしい。

なぜなら、タイトルに含まれる3つの平仮名「の」「か」「る」のなかで、「か」は、だんとつに面倒くさい字だから。

「か」という字に本来備わっている、行きつ戻りつするようなもどかしさと、ひとつのキーを押し続けているときの画面のような感覚が蓄積して、平面の上で立体的に思考する時間をつくりだしている。

そして最後に、読者はようやく『時間のかかる読書』というタイトルを見つけだす。その瞬間には、オセロの隅をとったような爽快感すらある(中央の2行が「か」だけでそろっているのも妙に気持ちいい)。……まだ読み始めてもいないんだけど。

2015年4月17日

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文字食のコラム 「その字にさせてよ」

正木香子

文筆家。文字を食して言葉を味わう「文字食」日々実践をモットーに、エッセイ・コラム・ルポルタージュなどの執筆を行う。著書に『文字の食卓』(本の雑誌社)、『本を読む人のための書体入門』(星海社新書)、雑誌『デザインのひきだし』にて「もじのひと」連載中。

http://www.mojisyoku.jp/

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