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タイプデザイナーの視点(前半)「Pan CJKフォントの誕生」

第3回タイプデザインコンペティション特別セミナー&表彰式レポート

タイプデザイナーの視点(前半)「Pan CJKフォントの誕生」

株式会社モリサワは、タイプデザインコンペティション特別セミナー「タイプデザイナーの視点」を3月20日、東京・秋葉原のUDXシアターにて開催した。昨年開催された「タイプデザインコンペティション 2014」表彰式と合わせて行われたもので、文字や書体、フォントに興味を持つ多くの方が聴講に訪れた。同セミナーでは3組のタイプデザイナーが登壇し、書体制作の考え方や取り組み方、制作のプロセスについて解説した。


セッション1「Pan CJKフォントの誕生」

山本太郎氏、服部正貴氏、西塚涼子氏

マルチランゲージフォントを語るアドビシステムズ社服部正貴氏、西塚涼子氏、山本太郎氏

1つめのセッションは、「タイプデザインコンペティション 2014」で欧文部門審査員を務めた、アドビシステムズの山本太郎氏に、西塚涼子氏と服部正貴氏を加えた3名による「Pan CJK フォントの誕生」。Pan CJKフォントとは、C(Chinese)、J(Japanese)、K(Korean)をPan(汎)、つまりひとつのものとして考えることができるフォントという意味である。アドビシステムズとグーグルにより開発されたPan CJK フォント「Source Han Sans」は、「日本語、中国語簡体字、中国語繁体字、ハングルという4つの言語をカバー」「4つの言語で一貫性のあるデザイン」「オープンソース」という特徴を持ち、日本では「源ノ角ゴシック」としても知られている。

セッションでは、山本氏がこの書体が作られた経緯と目的を、西塚氏がデザインの特徴とプロセスを、服部氏がフォント構築のプロセスをそれぞれ解説。山本氏はまず、日中韓という言語をカバーするにあたり必要となる膨大な文字を制作するためのパートナーとして、イワタ(日本)、Changzhou SinoType(中国)、Sandoll Communication(韓国)の3社を挙げ、各社の協力によって、約6万文字を収容するフォントが完成したと紹介。さらに、言語により同じ意味合いの漢字でも形が異なる例を見せ、Pan CJK フォント制作の課題を示した。

例を挙げると、漢数字の「一」はいずれの言語でも共通の形だが、「骨」という文字は、日本と韓国では共通の形をとっているものの中国語簡体字、中国語繁体字ではそれぞれ形が異なるため、3つの文字を作る必要がある。「曜」に至っては、日本語、中国語簡体字、中国語繁体字、韓国語の4ヵ国語ですべて形が異なるため、1つの文字に対して4つの形を作る必要がある。こうした課題に対し、デザイン、フォント構築というそれぞれの面でどのような対処がなされたのかを、後に登場する西塚氏、服部氏が解説した。

紙やWebだけでなく様々なシーンでの活用を想定

「Source Han Sans」誕生の経緯と目的を語る山本太郎氏

続いてテーマは「オープンソース」に移り、なぜ、Source Han Sansを制約がゆるやかな形で配布しているのか、その疑問に回答。山本氏は「最近のコンピューター、ネットワーク環境の変化の中で、文字は紙やwebだけではなく、もっといろいろな状況で使われる可能性が出てきた」と語り、オープンソースフォントとしてリリースすることで、ビジネスの広がり、可能性の広がりが出るのではないかと考えたからだと説明。ゲームやクラウドサービスなどにも質の高いフォントが求められるようになり、フォント使用の活性化が期待される中で、「こういうところにデジタルフォントを使えたら」という需要に適うフォントを提供する。そうした基本理念がアドビシステムズとグーグルで一致したため、「オープンソースフォント」としてリリースされることになったと、その経緯を語った。

セッションは続いて、西塚氏による「Source Han Sans」のデザインプロセスの解説に。「Source Han Sans」は、西塚氏がデザインを手がけたアドビシステムズの書体「りょうゴシック」をベースに、ペンタブレットでデッサンされており、セミナーでは「Source Han Sans EL(ExtraLight)」をベースに「H(Heavy)」を作る様子を動画で紹介。グレーで配置された「りょうゴシック H」の上に、ELの骨格をPhotoshopレイヤーで重ね、さらに上のレイヤーに「りょうゴシック H」をややクラシックなフォルムにリデザインしながら、「Source Han Sans H」のもととなる文字を描く。動画には「ア」から「オ」までの5文字の制作プロセスが収録されており、拡大・縮小や回転を駆使しながら次々に文字を描いていく様子を参加者は食い入るように眺めていた。

しかし西塚氏は、「これはあくまでラフスケッチでアタリのようなもの。これからの作業が長い」と、より細かいデザイン修正のポイントを解説。例えば、当初、「ふ」の1画目には左に折れる画線がなかったが、共同開発しているグーグル社から折ってみてはどうかと提案を受け、その形を採用したというエピソードを紹介すると、「文字の形は、普段社内だけで決めているが、共同開発では自分にないアイデアを頂けるのがとても新鮮だった」と感想を加えた。また、組み方向によって形が変わる文字の例として「は」を取り上げ、縦組みにすると自動的にやや小さくデザインされた縦組み用のかなに置き換わることを実例とともに紹介した。

データサイズの軽量化も重視

デザインの特徴とプロセスを語る西塚涼子氏

テーマは漢字のデザインに移り、「Source Han Sans」はアドビシステムズのフォント「小塚ゴシック」をベースに、字面の大きさ、フトコロの大きさ、各エレメントの見直しを行い、デザインをし直したと紹介。例えば、小塚ゴシックにある小さなセリフは除去され、シンプルな形状に変更されているが、このことはディスプレイでの見えを改善するという目的だけでなく、データサイズの軽量化、効率的な文字制作のためのパーツの整理という、重要な目的も持っている。しかし、効率化を図るあまりに言語ごとの文字の特性が損なわれないように、互いの国で無理のないデザインを採用したという。しかし、膨大な漢字のチェック作業は目視に頼らざるを得ず、すべての文字をひとつずつチェックしたと西塚氏は語る。

そうした作業の末、3年を経てリリースされた「Source Han Sans」。「リリース直後に、デザイン雑誌『アイデア』で使用されているのを見たときには感激しました」という言葉には、フォントの完成、そのものが目的ではなく、使用されてこそ目的をなすという、その実感が込められていた。そのほか、「Source Han Sans」をWebフォントとしても使っているものや、「Source Han Sans」をもとに作られた派生フォントも出てきており、その用途はさらに広がりを見せている。

後に西塚氏は、「あ」「い」「え」「お」「ん」に濁点をつけた新しいバージョンの「Source Han Sans」をリリースすると紹介し、講演のバトンを服部氏に託した。


1フォントにつき65,535文字、1ファミリー・7ウエイトで458,745文字を収録

服部正貴氏はフォント構築のプロセスを解説。

服部氏は、ストロークエレメントで作られた「Source Han Sans」の漢字制作を紹介。「『Source Han Sans』は1フォントにつき65,535文字、1ファミリー・7ウエイトで458,745もの文字を収録している。これを限られた時間とコストで作るために、画線やストロークを共用することはデザインの一貫性を維持するためにも絶対条件」と話を始め、文字を構成するエレメント(ストロークやパーツ)、エレメントの集合体であるエレメントライブラリと言った要素を解説。そして、小塚書体がおよそ120のエレメントでつくられていることを紹介すると、「Source Han Sans」が「小塚ゴシック」のエレメントライブラリをベースにしていると続けた。

しかし、日中韓の言語をカバーするには、小塚ゴシックのエレメントでは、作れない形がある。その例として、「楽」「樂」の日本語、簡体字、繁体字を取り上げ、日本語の漢字にはない部分を紹介。こういったストロークが多々あり、これを実現するためにはエレメントを作る必要があった。この点について、服部氏は、「一見些細な違いだが、それぞれの言語の地域性を表現するためには重要な要素。そこで中国語にどのようなエレメントが必要なのかを調査し、中国書体のエキスパートである、パートナーのSinoTypeの意見を聞きながらエレメントを制作した」と言語による文字の違いを正確に作ることの大切さを語った。

エレメントがどのように作られているのか。「エレメントの正体はIllustratorのブレンド機能のようなもの」と言い、エレメントが2つのマスターオブジェクトから中間のオブジェクトを作ることによって生成されることを紹介。そして、「フォントの文字を構成するエレメントでは、複数のオブジェクトを相互にブレンドさせることができる」「キーとなるオブジェクトをマスターと呼ぶ」「変化させる軸をアクシスと呼ぶ」と補足。軸が2つの場合、四隅に置かれたマスターからそれぞれの中間オブジェクト(インスタンス)が生成され、これらを用いて漢字のストロークを表現することになる。この仕組みはマルチプルマスターと呼ばれ、欧文書体のデザインではよく使われる手法だと紹介した。

「Source Han Sans」の漢字制作にあたっては、まずどのようなアクシスが必要かを考え、結果、6つのアクシスをもったエレメントで表現することとした。そして、完成したエレメントの検証に使用したものとして、非常に複雑な文字(ビャンビャン麺のビャン)を紹介すると、来場者は驚きの表情に。「この文字は56画あり、58のエレメントを使うことになる。エレメント的にストレスフルな文字でも破綻がないかテストを行った」と説明。効率化をしつつ、あらゆる漢字に対応するエレメントの設計の具体像を明らかにした。

2015年5月26日

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人物プロフィール

山本太郎

1961年京都市生まれ。1983年武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業。株式会社モリサワに入社。1992年アドビ システムズ 株式会社に入社。現在、同社Japan R & D所属、日本語タイポグラフィ、シニアマネージャーとして、日本語フォントの開発及び関連技術の開発に従事。タイポグラフィ学会会長。

服部正貴

アドビ 研究開発本部 日本語タイポグラフィ シニアデザイナー。 1968年、名古屋生まれ。愛知県立芸術大学デザイン科卒業後、1994年、アドビシステムズ入社。小塚昌彦氏の指導のもと「小塚明朝」、「小塚ゴシック」の開発に携わると同時に、エレメントベースのフォント制作技術、アドビのフォント開発キット「AFDKO」を習得。アドビオリジナルかな書体「りょう」および「りょうゴシック」ファミリー、アドビオリジナル フルプロポーショナルかな書体「かづらき」の開発に参加。2014年にリリースされた「源ノ角ゴシック」では中国、韓国の書体デザイナーと協力し開発に携わる。

西塚涼子

1972年、福島県生まれ。アドビシステムズ 研究開発本部 日本語タイポグラフィ タイプフェイスデザイナー。1995年、武蔵野美術大学 造形学部 視覚伝達デザイン学科卒業。1997年、アドビシステムズに入社。小塚昌彦氏の指導のもと、「小塚明朝」、「小塚ゴシック」の開発に携わる。その後、アドビオリジナルかな書体「りょう」および「りょうゴシック」ファミリー、フルプロポーショナルかな書体「かづらき」、「源ノ角ゴシック(Source Han Sans)」をリリース。モリサワ国際タイプフェイスコンテスト、NY TDC審査員賞など多数受賞。

第3回タイプデザインコンペティション特別セミナー&表彰式レポート

type.center編集部

type.centerの編集部です。文字関連イベントをレポートしたり役立つ情報を発信できるよう努力してまいります。よろしくお願いします。

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