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本の世界を紡ぎ上げる、組版設計のすさまじさ「祖父江慎+コズフィッシュ展 ブックデザイ」

展覧会レヴュー

本の世界を紡ぎ上げる、組版設計のすさまじさ「祖父江慎+コズフィッシュ展 ブックデザイ」

本の世界を紡ぎ上げる、組版設計のすさまじさ

「祖父江慎+コズフィッシュ展 ブックデザイ」

日比谷文化図書館で1月23日から、「祖父江慎+コズフィッシュ展 ブックデザイ」が開催されている。人文書や小説、漫画など幅広いジャンルを手がける人気ブックデザイナー 祖父江慎の展覧会とあって、多くの人が足を運んでおり、同館の1日の入場者数記録を塗り替えたという。

前期「cozf」展 展示風景(写真:藤塚光政)

祖父江の手がけるブックデザインは、「とにかく型破り」という印象があるかもしれない。しかし本展を見ると、祖父江がいかに緻密に「本」という世界を組み立てているのかがわかる。

祖父江は、本を構成するすべての、ひとつひとつの要素に徹底的にこだわる。紙を特抄きしてみたり、上製本の表紙を裏返しにするような常識破りの仕様を考えてみたり、インキにヒゲを混ぜてみたり……。紙やインキ、印刷加工、製本技術に精通しているからこそ「できるはず」と現場に話を通せる「無茶ぶり」なのだが、それは本を物理的に構成する部分にとどまらない。たとえば1冊の本には、一体いくつの文字が使われているのだろう。仮に1行43字×16行で1ページだとすれば、そこに688字。文章が載っているのが200ページだとしても、13万7600字がおさめられることになる。祖父江は、その13万7600字に至るまで「本の世界を組み立てるもの」として、ひとつたりとも適当に扱ったりはしない。

たとえば恩田陸のミステリ小説『ユージニア』(角川書店)の組版設計だ。細かな設計までが展示されているのだが、祖父江は、読者がひと目では気づかないほどごくわずか、-1度だけ本文を斜めにして、読んでいるうちにどことなく違和感を抱かせる設計をしている。さらには「本文異常化」と組版指定に書き込まれている通り、拗促音の位置を変え、読点を変形させ、ひらがなのうち6文字だけ角度を変える。使用書体も1種類にはとどまらず、漢字、ひらがな、カタカナそれぞれで違う書体を使用している。

『ユージニア』組版設計/造本設計(写真:藤塚光政)

『本デアル』(夏目房之介著/毎日新聞社)の組版設計はさらに細分化されている。漢字、ひらがな、カタカナがすべて違う書体であるのに加え、カギカッコや読点、「!」「?」「*」もすべて違う書体が指定され、ひらがなのなかでも「た」「る」「を」は書体を変えるという徹底ぶり。それが、他にはない、その本だけの「ただひとつの世界」をつくりあげているのだ。

漱石『心』の造本設計に至っては、「原稿のテンポ」までを読み取り、読者にそれを伝える組版を考えていることが、展示されている造本プランを読むとわかる。祖父江が長年研究している漱石の作品だからこそ、そこまでの深い読み解きがあるのかもしれないが、祖父江がデザインに必要なものと唱える「うっとり力」はそんな風に、本を構成するすべてのものに徹底的にうっとりし、調べ、表現の可能性を広げることによって紡ぎ上げられているように感じる。

漱石『心』(ブックデザイン:祖父江慎+コズフィッシュ/岩波書店)

漱石『心』本文(ブックデザイン:祖父江慎+コズフィッシュ/岩波書店)

しかしいずれも、単に奇をてらうことを目的に行なわれているものではない。だれより繊細に、本の内容を読者に伝えたいと思っているのは、祖父江自身なのだ。

展示会場の廊下に、現在制作中の『祖父江慎+コズフィッシュ』(パイインターナショナル)の刷り出しが貼られていた。そのなかのコラムのひとつで、祖父江はこんなふうに書いている。 「(小説の)内容によっては、書体や組みに内容を演じさせると、中身が消えてしまうこともあるから要注意だ。」

ときに緻密に、繊細に、そしてとびきり大胆に、どこまでも徹底して。そこまでこだわり抜いているからこその強烈な祖父江の作品世界を、ぜひ体感してほしい。


「祖父江慎+コズフィッシュ展 ブックデザイ」は、前期展示「cozf編」が2月14日に終了し、2月16日からは「ish編」に展示替えとなった。ブックデザインだけでなく、書体そのものデザインや監修も手がける祖父江の仕事として、前期設けられていたディック・ブルーナの絵本のためにつくられた「ウサコズフォント」や凸版印刷のオリジナル書体「凸版文久体」の小部屋に代わり、後期ではタイプバンク「かなバンクシリーズ」のフォント「ツルコズ」の小部屋が設けられるという。1930(昭和5)年にカナモジカイの松坂忠則がデザインした「ツル5号」を祖父江が復刻したかな書体、前期ではこの「ツル5号」の電胎母型が展示されていた。新しく設けられる小部屋がどんな展示になるのか楽しみだ。

かなバンクシリーズ「ツルコズ」(タイプバンク)


  • 前期:「cozf編」1月23日(土)~2月14日(日)
  • 後期:「 ish編」 2月16日(火)~3月23日(水)
        ※2月15日(月)、3月21日(月)は休館
  • 場所:千代田区立日比谷図書文化館 1F特別展示室
        千代田区日比谷公園1-4
  • 時間:10:00〜20:00(土曜は19:00まで/日祝日は17:00まで。日曜祝日休館)
  • 料金:一般300円、大学・高校生200円 など

主催:千代田区立日比谷図書文化館
共催:公益財団法人DNP文化振興財団

2016年2月16日

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人物プロフィール

祖父江 慎

グラフィックデザイナー。コズフィッシュ代表。1959年愛知県生まれ。多摩美術大学に入学するが、杉浦康平に憧れ、在学中の1981年から工作舎でアルバイトを始め、大学中退。在学中は漫画研究会に所属、先輩にしりあがり寿、喜国雅彦がいた。1987年工作舎退社。秋元康が設立した株式会社フォーセールでアートディレクターを務め、1988年独立。1990年コズフィッシュ設立。人文書、小説、漫画などの書籍の装丁やデザインを幅広く手がける。吉田戦車の漫画本をはじめとして、意図的な乱丁や斜めの断裁など、装丁の常識を覆すデザインで注目を集める。近年、「スヌーピー展」「エヴァンゲリオン展」「ゲゲゲ展」「ゴーゴーミッフィー展」など、 展覧会のグラフィック、アートディレクションを手がけることも多く、展覧会グッズでは独特の感性を爆発させたユニークな商品を開発している。

展覧会レヴュー

雪 朱里

フリーランスライター・編集者。デザイン、文字、印刷、くらしの歴史のまわりで活動中。著書に『文字をつくる 9人の書体デザイナー』、編集・執筆に『文字講座』、『活字地金彫刻師・清水金之助』、大日本印刷『一〇〇年目の書体づくり―「秀英体 平成の大改刻」の記録』、小塚昌彦『ぼくのつくった書体の話』、雑誌『デザインのひきだし』など。

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