文字による文字のための文字のサイト

type.center

第16回 三つの文字 『ピカソ 二十世紀美術断想』

文字食のコラム 「その字にさせてよ」

第16回 三つの文字 『ピカソ 二十世紀美術断想』

第16回 三つの文字

『ピカソ 二十世紀美術断想』(生活の友社)粟津則雄 装丁:菊地信義

 日本中で知らないひとはいない、有名な画家の名前である。

いや、正確には「世界中のひとが知っている」というべきなのだが、カタカナ表記となれば話は別だ。

画面を圧倒する三つの文字は、どこかヘンな風貌である。

ヘンといっても、下手な文字という意味ではないし、決して悪意を感じるわけでもない。

ただ、強い眼力で捉えられたように動けなくなる感じ。

妙に立体的に見えるような、空間がねじれたような、実は三つじゃないみたいな、ちょっとこわくて、不安になる感じ。

これはいったい、何なのだろう。

 長いあいだ、ピカソには興味がなかった。

二十世紀を代表する天才画家だということは知っていても、美術館でポストカードを買い求めたり、画集を手にとったりするのはゴッホやボナールのほうで、積極的にピカソをみたいとは思わなかった。

抽象画の難解さ、わかりにくさに、何かを要求されているように感じるのが不満だったのだと思う。

感情移入や共感を拒絶され、絵をみる姿勢そのものを問われている気がして、疲れるし、落ち着かない。ずっとそう考えていた。

 ようやく認識を改めたのは、二年ほど前のことだ。

私の好みをよく知っている編集者がピカソについての本をくれた。『ピカソの陶芸』という本である。

ピカソが数千点にもおよぶ陶芸作品を残していることも知らなかったが、それよりも意外だったのは、見た瞬間に「かわいい」と思ってしまったことだ。

皿や水差しに描かれた、子どものいたずらがきのように気どりのないユーモラスな顔や鳥や魚たち。

彩色もすばらしく、どうやったらこんな洒落た組み合わせになるのだろう、と見惚れるほどの豊かな色彩にため息がこぼれた。

ああ、いいなあ。

こういうお皿、欲しいなあ。

そんな感想を抱いたことに自分でびっくりした。

おそれ多くも所有欲を刺激されるような、ありえない想像だけれど、もしもお店のショーウィンドウで偶然出合ったら、きっとその前にはりついて離れられないだろう、と思う器の数々。それらをつくったのは、あのピカソなのだ。

なんとおもしろいクリエイターだろう。

 それ以来、違った目でピカソの絵画をみられるようになった。

死の気配に覆われた「青の時代」の、酒場の娼婦たちを描いた陰鬱な絵も、最初の妻オルガとの間に生まれた息子、ポールが仔羊を連れている愛らしい絵も、「新古典主義」的な母子像も、すごく好きだと思った。

でもやっぱり、いまだに「ちんぷんかんぷん」なものだってたくさんある。

なぜ、一人の画家から、これほどの多様な作品が生み出されたのだろう。私がピカソだと思いこんでいるのは、ほんとうに同じひとなんだろうか。

 粟津則雄の『ピカソ 二十世紀美術断想』(生活の友社)は、その答えを知るのにうってつけの本だ。

読みはじめてすぐにうれしかったのは、フランス文学者、詩人、評論家などそうそうたる肩書きをもつ著者もまた、かつて私と似たような困惑や疑問を抱いていたとわかったこと。

「ピカソについて、立ち入ったことはまったく知らなかった」青春期の回想から話は始まり、画家のことばや周囲との関係、革命と戦争に揺れ動く時代背景を丹念にひもときながら、ピカソの作品と生涯をたどってゆく。

 ピカソが好んだモチーフのひとつにピエロ(道化師)があるが、この装丁の文字もピエロの顔に似ている。

奇抜な化粧でデフォルメされた目、大きな口を開けて笑いながら、頬には涙を流しているピエロ。人はその姿を見て、滑稽だと感じたり、ときには得体の知れぬ恐怖心を抱く。たとえ現実にはありえなくても、それが人間の顔に見えるからだ。

同じように「ピカソ」を眺めてみる。

最初の「ピ」の字は、どう見たって「ピ」としか読めないのだが、右肩にあるマルは、やや太く、大きすぎ、均衡が崩れているように見える。

しかもあとに続く文字とのセンターラインが微妙にずれているので、アンバランスが際立つ。

その危うい印象は、三つの文字が「明朝体」と「ゴシック体」両方の特徴をそれぞれ併せもっていることにも関係している。

ここで明朝体とゴシック体の定義について議論するのは難しいけれど、少なくとも私たちは普段、文字とは起筆から終筆まで同じスタイルで書かれている、という暗黙の了解にもとづいて文字を見ているはずだ。

つまり書体とは一つのコンセプトが文字の全体に連続してゆきわたっていることを前提としている。

その常識が覆され、一つの文字のなかに異なるイメージが立ち現われたとき、

「それがいささかも気まぐれという感じがせず、ふしぎな自由を感じさせる」。

装丁に対する批評ではなく、ピカソの画風の発展について考察した本文からの引用だ。

あるスタイルを推し進めていても、突然、得るだけのものはえたとでもいうかのように、あるいは単にそれに飽きたとでもいうかのように、それを捨て去ってしまう。(中略)捨て去ってもそれでおしまいというわけではない。何気なく捨て去る一方で、昔のスタイルや主題をごく気軽に蘇らせ、それを現在のスタイルと結びつけたりもする。

 スタイルの変化は作品ごとの画風の違いにとどまらない。

己の感じるまま、自分の眼に映るまま「対象のさまざまな矛盾と対立をはらんだ共存」を人間の顔にさえ見出したピカソは、統一されていない画法で同じキャンバスに描くことによって、それらが融合したイメージをつくろうとした。

たとえば、キュビズムが「衝撃的なかたちで現実化」したという『アヴィニョンの娘たち』についてはこのように記されている。

おそらくピカソは、すでに出来あがっていた『アヴィニョンの娘たち』の、右側の二人の女の頭部だけを、こんなふうに描き変えたのだろう。まことに大胆な加筆であると思うが、それではなぜ彼は、五人の女をすべてこんなふうに描き変えなかったのかという疑いは残る。そうした方が、スタイルの統一がえられるように思われるからである。おそらくこれは、右側の二人と左側の三人のスタイルの対立そのものが、ピカソの興味を惹いたからだろう。

 私が「ピカソ」の三文字に強く惹きつけられるのも、ここで述べられている対立関係の力によるものではないだろうか。

ピカソについて書かれた本は世の中にたくさんあるけれど、その主題を日本語の文字の造形によってあらわしてしまった装丁の例を私は他に知らない。

これがもし既存の明朝体やゴシック体だけで組まれていたなら、誰もが知っている人の名前を見て「これはいったい、何だろう」と思うことはなかったかもしれない。

あるいは、もしもピカソが一生涯をかけて、かわいくてユーモラスな陶芸作品だけをつくったなら、おそらくこのような文字のかたちにはならなかっただろう。

そのような意味では、これは「ピカソ」という名の書体である。たった三文字だけの、他には表記されるべきことばをもたない、新しい書体。

 文字なのだから「読む」のが当然ではあるけれど、まるで表情を読み取るように、一文字、一文字を受け入れて、頭のなかに人物の像を描くのは、生身の人間にしかできないことだ。

ピエロの化粧の下に隠された人間の顔も、実はそう違いはない。

笑っているのか、泣いているのか、わからなくても、どんな表情にみえても、すべてがほんとうで、どこにも正解はないのかもしれない。

2016年7月21日

シェア

文字食のコラム 「その字にさせてよ」

正木香子

文筆家。文字を食して言葉を味わう「文字食」日々実践をモットーに、エッセイ・コラム・ルポルタージュなどの執筆を行う。著書に『文字の食卓』(本の雑誌社)、『本を読む人のための書体入門』(星海社新書)、雑誌『デザインのひきだし』にて「もじのひと」連載中。

http://www.mojisyoku.jp/

連載記事一覧
今日
昨日
おととい
ちかごろ
あいうえお かきくけこ さしすせそ たちつてと なにぬねの はひふへほ まみむめも やゆよ らりるれろ わゐゑを ん がぎぐげご ざじずぜぞ だぢづでど ばびぶべぼ ぱぴぷぺぽ 0123456789.
連載記事一覧
連載記事一覧
文字食のコラム 「その字にさせてよ」
第26回 二重の変身 『優雅な生活が最高の復讐である』
第26回 二重の変身 『優雅な生活が最高の復讐である』
「文字だけの装丁」を味わう文字食のコラム連載「その字にさせてよ」。第26回目となる今回は、『優雅な生活が最高の復讐である』(リブロポート)をご紹介します。原題は "Living Well is the Best Revenge"。名翻訳から生まれた装丁です。
文字食のコラム 「その字にさせてよ」
第24回 愛と表記の王国 『世界のかわいいパン』
第24回 愛と表記の王国 『世界のかわいいパン』
「文字だけの装丁」を味わう文字食のコラム連載「その字にさせてよ」。第24回目は、ほのぼのとした文字とイラストに癒やされる『世界のかわいいパン』(パイ インターナショナル)をご紹介します。その表紙をかざる、インパクトのある文字は……。
文字食のコラム 「その字にさせてよ」
第22回 ひとりぼっちの地図 『この店、あの場所 He…
第22回 ひとりぼっちの地図 『この店、あの場所 Here,There and Everywhere(POPEYE BOOKS)』
「文字だけの装丁」を味わう文字食のコラム連載「その字にさせてよ」。第22回目は、文筆家・松浦弥太郎さんが大切にしているお店や場所を紹介した 『この店、あの場所 Here,There and Everywhere(POPEYE BOOKS)』です。
文字食のコラム 「その字にさせてよ」
第18回 一葉の貌 『Leaves: 立花文穂作品集』
第18回 一葉の貌 『Leaves: 立花文穂作品集』
「文字だけの装丁」を味わう文字食のコラム連載「その字にさせてよ」。第18回目となる今回は、文字や紙、本を素材やテーマに作品を制作している立花文穂の作品集『Leaves: 立花文穂作品集』(誠文堂新光社)をご紹介します。おや、君の名は……?
文字食のコラム 「その字にさせてよ」
第17回 憧れの音 『言わなければよかったのに日記』
第17回 憧れの音 『言わなければよかったのに日記』
「文字だけの装丁」を味わうコラム連載「その字にさせてよ」第17回目。今回は深沢七郎のエッセイ集『言わなければよかったのに日記』(中公文庫)をご紹介します。佐野繁次郎による題字がユニークで存在感のある一冊です。
文字食のコラム 「その字にさせてよ」
第9回 嫌いになれない『嫌われる勇気-自己啓発の源流「…
第9回 嫌いになれない『嫌われる勇気-自己啓発の源流「アドラー」の教え』
文字食が一目惚れした「文字だけの装丁」を紹介するコラム連載第9回目。今回はアドラーブームの火付け役となったといわれるベストセラー、岸見一郎/古賀史健『嫌われる勇気-自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイヤモンド社)。嫌よ嫌よも好きのうち? 年末年始の読書にオススメの一冊です。
文字食のコラム 「その字にさせてよ」
第6回 反響する文字『ノルウェイの森』
第6回 反響する文字『ノルウェイの森』
「文字だけの装丁」を味わうコラム連載も、いよいよ第6回目! 今回のテーマは、村上春樹の大ベストセラー『ノルウェイの森』(講談社)です。あの装丁を手がけたのは、著者自身でした。読んだことがある方も、もう一度読み返してみたくなりますよ。