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『文字禍』中島敦

文字文学

『文字禍』中島敦

文字にまつわる小説・随筆などを青空文庫収録作品から一冊にまとめた『文字文学』(type.center 編)掲載作品から中島敦の『文字禍』冒頭部分をご紹介いたします。


文字禍

中島敦

 文字のれいなどというものが、一体、あるものか、どうか。

 アッシリヤ人は無数の精霊を知っている。夜、やみの中を跳梁ちょうりょうするリル、そのめすのリリツ、疫病えきびょうをふりくナムタル、死者の霊エティンム、誘拐者ゆうかいしゃラバスなど、数知れぬ悪霊あくりょう共がアッシリヤの空にち満ちている。しかし、文字の精霊については、まだだれも聞いたことがない。

 そのころ――というのは、アシュル・バニ・アパル大王の治世第二十年目の頃だが――ニネヴェの宮廷きゅうていみょううわさがあった。毎夜、図書館の闇の中で、ひそひそとあやしい話し声がするという。王兄シャマシュ・シュム・ウキンの謀叛むほんがバビロンの落城でようやくしずまったばかりのこととて、何かまた、不逞ふていの徒の陰謀いんぼうではないかと探ってみたが、それらしい様子もない。どうしても何かの精霊どもの話し声にちがいない。最近に王の前で処刑しょけいされたバビロンからの俘囚ふしゅう共の死霊の声だろうという者もあったが、それが本当でないことは誰にもわかる。千に余るバビロンの俘囚はことごとく舌をいて殺され、その舌を集めたところ、小さな築山つきやまが出来たのは、誰知らぬ者のない事実である。舌の無い死霊に、しゃべれる訳がない。星占ほしうらない羊肝卜ようかんぼくむなしく探索たんさくした後、これはどうしても書物共あるいは文字共の話し声と考えるより外はなくなった。ただ、文字の霊(というものが在るとしてとはいかなる性質をもつものか、それが皆目かいもく判らない。アシュル・バニ・アパル大王は巨眼縮髪きょがんしゅくはつの老博士ナブ・アヘ・エリバをして、この未知の精霊についての研究を命じたもうた。


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2016年10月3日

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