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“編集あるいは文字”に関する特別講義「雪朱里×鳥海修」 「書くことは、つなぐこと」

イベントレポート

“編集あるいは文字”に関する特別講義「雪朱里×鳥海修」 「書くことは、つなぐこと」

京都精華大学ビジュアルデザイン学科主催の“編集あるいは文字"に関する特別講義「雪朱里×鳥海修」が12月8日、同大学本館で開催された。

「書くことは、つなぐこと」

“編集あるいは文字”に関する特別講義「雪朱里×鳥海修」

「編集」と「文字」を語る雪氏(左)×鳥海氏

「フリーランスのライター・編集者」という肩書きを持つ雪朱里氏。とくに「文字」に多くの関わりを持つ雪氏の「編集」という仕事を中心に、同学デザイン学部客員で書体設計士の鳥海修氏が聞き手となって講義が進められた。

9人の書体デザイナー

文系の大学を卒業後、印刷会社に入社した雪氏。その編集部門において写植からDTPへの技術革新を体験し、その後、雑誌の編集を3年、フリーランスで書籍や雑誌の編集および記事の執筆に従事したのが2000年からである。

その仕事のジャンルは、文字、デザイン、印刷、本・装丁、手仕事・職人、くらしの歴史など。とくにここ数年は、「文字をつくる人」を手掛けることが多い。その理由について雪氏は「『私たちが想いを伝えるのに不可欠な文字をつくっている人々がいる』ということを知り、感動したから。自分の書いた原稿は文字に載せないと誰にも読んでもらえない。書いた文章は何らかの書体で表現されることで、はじめて誰かに伝わる。書体の印象も読み手側の文章の印象の中に含まれている可能性もある」と説明する。

そんな想いから生まれた仕事が、日本を代表する書体デザイナーのインタビューと書体制作のメイキングをまとめた本「文字をつくる9人の書体デザイナー」(2010年)の出版である。当時、書体の専門書は多く出版されていたものの、「文字をつくる人」に焦点を当てた本はなかったという。「この本は、『文字、書体をもっと知りたい』という人たちに向けて、その扉を開ける1冊として、どうしてもつくりたかった」(雪氏)

この本は、30歳代から80歳代にわたる様々な年代、かつ女性を入れることを前提に企画されたという。

雪氏

【9人の書体デザイナー】
・鳥海修 氏
・杉本幸治 氏
・鈴木功 氏
・西塚涼子 氏
・大平善道 氏
・片岡朗 氏
・小林章 氏
・小宮山博史 氏
・小塚昌彦 氏


この本の中で、「もともと日本も海外もなかったんだ」と語るのは小林章氏。写研時代に同僚だった鳥海氏は、当時「アルファベットをやりたい」という小林氏に反対したという。「私は、実際に生活していないところの文字は作れないと思っており、小林氏に忠告した。しかし彼はいきなり賞を受賞して大活躍。『その節は、申し訳ございませんでした』とお詫びの手紙を書いた覚えがある(笑)」(鳥海氏)

また、「駕篭(かご)に乗る人かつぐ人、そのまた草鞋(わらじ)をつくる人、そのまた藁(わら)をつくるのが、私たちなのです」というのが小塚氏。鳥海氏が毎日新聞に在籍していた小塚氏と出会ったのは大学3回生の時。小塚氏の「『文字は水であり、米である』という言葉に感銘を受けてこの世界に入った」というエピソードを披露した。

雪氏も「9人に取材する中で、ほとんどの方から小塚氏の話が出てきた。すべての道が小塚氏に繋がっているという感じ。この本の中でも最後に登場してもらった」と語る。

一方、雪氏が「この本をつくる上で絶対に入れたかった人物」というのが「本明朝」で知られる杉本幸治氏。9人の中で唯一亡くなられている。

「本明朝」の杉本幸治氏

この本の取材の1年前に、雑誌「DTP WORLD」の「文字は語る」というコラムで杉本氏を取材したという雪氏。持病を抱えていた杉本氏は、当時病状も思わしくなく、酸素ボンベを携えての取材だったことを振り返る。「この機会を逃すと、もう詳しい取材はできないかもしれないという直感があって、コラムは1ページ枠だったものの、一から詳細な話を伺った」(雪氏)

そして、「文字をつくる9人の書体デザイナー」で再び取材依頼したが、「新たにインタビューするのは難しい」という答え。どうしてもこの本に杉本氏を入れたかった雪氏は、原稿は1年前の取材から書き起こし、写真撮影だけ無理をお願いしたという。「非常に寒い日の写真撮影だったことを覚えている。しかし、一旦文字の話をしだすと、杉本氏の目はきらきらと輝きだし、話が止まらなかった」

杉本氏との編集作業では、校正のやり取りも非常に多かったという。互いに「これが最後の記録になるかもしれない」という予感があったからである。

その中で、当時、杉本氏が、「完成するかわからない、発売されるかわからない、しかしつくり続けている書体」について書いて、原稿を終わらせたかった雪氏に、杉本氏は「そこまで強調しなくても」ということで赤が入りそうに。「ここだけは譲れない」と雪氏が押し切ったというエピソードも披露。その後、その書体が朗文堂から「杉明朝」として発売された時の喜びを語った。

記録を残して、未来につなぐ

商業出版ではできなかった贅沢な装丁

続いて、刊行基金協力者を募って出版した本「活字地金彫刻師・清水金之助〜かつて活字は人の手によって彫られていた」(2011年)の取材・編集活動におけるエピソードの話へ。

清水金之助氏は、活字母型のさらに元となる種字を手で彫る職人。下書きなしでもすべてが同じように彫られていることへの感動を伝えると、清水氏は「だって一番いい文字を彫っているんだから、同じ文字になるのがあたりまえじゃないか」と答え、その迫力に圧倒されたという雪氏。多くの職人は、筆で逆文字を下書きし、それを彫っていくらしいが、戦後の活字がなくなった時代、新聞の活字の大きさがどんどん変わっていった時代、つまり活字の注文が殺到した時代を職人として生きてきた清水氏は「下書き」という工程をなくすことで多くの注文に対応したわけだ。

当時、もちろん清水氏の仕事はほとんど世に知られていない。職人は取材というものを拒む傾向にあり、清水氏の師匠もそうだったことから「活字地金彫刻師」の記録はほとんど残されていなかった。「こういう人たちがやってきたことの上にいまの書体がある。その記録を残していくべきだ」という想いが、雪氏の魂を奮い立たせた。

そこで、いくつかの出版社に企画を持ち込んでみたが、いい返事をもらえるところはなかった。「高度で素晴らしい仕事をしているにしても、著名人ではない」というのが出版社の答えだ。そこで「商業出版では難しい」と判断した雪氏は、「活字地金彫刻師・清水金之助の本をつくる会」を立ち上げ、刊行基金協力者を募った。結果、164人、260口の協力を得ることに成功した。本はすべて活版で印刷、函入りで、花布が金、背には箔押しといった贅沢な装丁。商業出版では到底できなかった仕様である。

「書くことは、つなぐこと」と定義する雪氏。この講義で「紹介してきた本づくりや記事の執筆はすべて、人と人、人と仕事、過去と未来をつなぐものである」と述べ、「記録を残して、未来につなぐ」という「雪流」の真髄を垣間見ることができた。

女性として、母として

最後は「カメルーンがやってきた中津江村長奮戦記」という本の取材活動を紹介。「子育てをしながら仕事をすること」「女性として働くこと」について語った。

2002年の日韓共同開催のワールドカップの時、人口約1,360人という大分県の小さな村「中津江村」が、カメルーン代表のキャンプ地となったことが当時大きな話題となった。子育てのため取材仕事から2年間離れていた雪氏にこの「中津江村」に関する本の取材編集の依頼が来る。サッカーが好きだったことに加え、編集長もつとめた雑誌「販促会議」で地域興しのプロモーションに興味があったこともあり、2年間のブランクがあったもののこの仕事を引き受けた。そして、4日間で20人を取材、本1冊を2週間で仕上げたという。「この仕事が私に『子育てをしながらフリーランスで仕事をやっていける』という自信を与えてくれた」(雪氏)

新しい文字環境に対する書体づくりを

鳥海氏は、文字に関する仕事をライター・編集者として社会に伝えてくれる雪氏の仕事について、「おかげで文字に関することを社会が客観的に知ることができる。これがなければ我々は自信を失うことになる。雪さんが我々の仕事を世に知らしめてくれ、その反応が我々の大きな力になる」と述べ、深く入り込み、寄り添うように取材し、記録し、文字で伝える雪氏の仕事を高く評価するとともに、感謝の意も表した。

鳥海氏

また、今回の講義の趣旨について、次のように語った。

「『デザインだけが仕事じゃないぞ』ということを学生に感じてほしかった。この大学に通うほとんどの学生がデザインを勉強しているが、就職を考えた時、決してデザインに縛られることはない。雪さんのように構成や文章を考えるのもデザインのひとつ。私は、デザイナーにこだわることなく、とにかく人の役に立ち、1人で食べて行ければ良いと思っている。そういうことを頭の片隅に入れておいてほしい」

デザイナーを目指す学生たちが受講

そして最後に鳥海氏は、「Webデザインの世界における書体」について課題を投げかけた。

「我々はいままで、紙を前提に文字デザインしてきた。しかし最近、この考えは遅れていると思っている。私は、Webデザインの世界に書体の提案をしていないことに気付いた。Webデザインの授業を受けても、書体の話はあまり出てこないだろう。現在、Webデザインの世界で書体を自由に選べる環境ではないが、いずれそうなることは目に見えている。紙は固定されているが、Webの世界は動く、大きくなったり小さくなったり。そうした時の書体の有り様を、書体デザイナーとして提案していない。これは私たちの責任だと思っている。これから我々は新しい文字環境に対する書体づくりをしなければならないと切に思っている。そして私の晩年、その話を雪さんが寄り添うように取材して、世に知らしめてくれることを願っている」


2016年12月27日

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