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第25回 音もなく降る 『小雨日記』

文字食のコラム 「その字にさせてよ」

第25回 音もなく降る 『小雨日記』

第25回 音もなく降る

『小雨日記』(角川マーケティング)小泉今日子 装丁:クラフト・エヴィング商會

 キョーコさんはさっきから窓の外ばかり見つめています。今夜は満月、月の明かりが暗い海を照らしてとってもキレイ。しかも時間が経つとまんまる月の下の方がちょっと欠けています。部分月食って言うんだそうです。チビチビとお酒を飲みながらずっとその月を見つめるキョーコさんにマサトが言いました。
「アンタってさぁ、どこかそこはかとなく暗いよねぇ」。

 思わず声をもらして笑ってしまった。

装丁を初めて見たときに抱いた印象が、まさにこんな感じだったから。

著者が誰であるかに気づくより先に、目に飛び込んできたタイトルの文字から想像したのは、「更級日記」や「蜻蛉日記」みたいな、昔の女性の日記、ちょっと暗さのある、情感で湿った感じ。

上品で、たおやかだけれど、満月の美しさではない。

どことなくアンニュイで、爪の先で書いたような文字に見える。

 あの小泉今日子が、愛猫との生活を通して日常を綴ったエッセイ集である。

「小雨日記」。

あらためて、いいタイトルだなあと思う。

「小雨」とは、小泉今日子の飼い猫、雌のロシアンブルーの名前だ。「春の優しい小雨降る日」に出会ったから、そう名づけられた。

その日の回想から始まる本書は、面白いことに、ずっと猫の目線で描かれている。

だから実名は出てこないけれど、きっとあのひとのことだな、と想像しながら読む交友関係(ユッコやエリさん)や、文章に添えられた素敵なインテリアの写真など、有名人の私生活をうかがい知る楽しみもあるけれど、これはあくまでも猫の日記である。その同居人として登場するのが「キョーコさん」だ。

「キョーコさん」はひとり暮らしだけれど、ぜんぜん淋しそうではない。

気の合う愉快な友だちがよく家に遊びにきては「楽しそうに大笑い」しているし、舞台や映画やテレビの撮影で忙しい日々を過ごしているらしい。「らしい」というのは、家のなかで暮らす家猫の小雨には、華やかなスポットライトを浴びる彼女を見ることができないから。キョーコさんの電話に文字通り聞き耳を立て、ひとりでブツブツとセリフを練習する姿から想像するしかないのだ。

 おそらく多くのひとが抱いているイメージどおり、自立した大人の女性で、面倒見がよくて、友人たちが集まれば自然と「長女役」になる「キョーコさん」。

だけど、ほんとうは小雨しか知らない顔がある。

 キョーコさんはいつもなにかを読んでいます。ベッドの中はもちろん、お風呂の中でも、トイレの時も、リビングのソファーでも、ダイニングテーブルに座っている時もいつもなにか読んでいます。小説の日もあるし、雑誌をパラパラしていたり、新聞を開いて唸ったり。

 明日は久しぶりにライブというのをやるらしく、さっきからずっと練習してる。ソファーで寝転がっている私に向かって全力で唄ってくれている。

 朝早く起き、パソコンに向かって原稿を書き、部屋の掃除をする。庭に出て「クサムシリ」もする。

そんなふうにテキパキ働いていたかと思えば、休みの日は一日中パジャマのままで過ごす「ヒキコモリ」であり、料理中に鍋のふたやステンレスのボウルを床に落っことしては小雨を飛び上がらせる「超ド級のおっちょこちょい」でもある。

そして「ゴウキュウ」するのも、小雨の前でだけ。

 都内のマンションから海辺の町へと住まいを移して、ふたりの生活は続く。いつかは終わりがくることを予感しながら、すこしでも長く一緒に過ごせることを願いながら。

その期間、書き手は徹底して「猫の目」をつらぬいているのだが、実は一カ所だけルールを破っているところがある。

それは「マイゴのフタリ」と題された一章だ。

 自分でも不思議なのですけれど、勝手知ったる我が家なのに小雨は時々迷子になってしまいます。夜中に電気がついていない玄関の方へ歩いて行くと途中でどこにいるかわからなくなってしまうのです。不安になって暗闇に向かって叫びます。「誰かいませんかー? ここはどこですかー?」すると遠くから返事が返ってきます。「小雨さーん。大丈夫ですよー。こっちへいらっしゃーい」。耳慣れた声を頼りに歩いて行くと、いつも必ずキョーコさんが待っています。小雨はキョーコさんのおなかの上に乗って足をフミフミしながら心を落ち着けます。そして幸せな気分になってぐっすり寝てしまいます。
 私もね、小雨みたいに迷子になるときがあるよ、心が。そんな時、おデブの小雨の間抜けな寝姿を見て助けられているんだよ。

 まどろむ小雨に向かって語りかけるように書いているけれど、最後の一文にあらわれる「私」の、「声」であるはずの部分に、カギカッコがついていない。猫と人間が入れ替わったような、ふいに一線を越えて気持ちがあふれてしまったような一瞬の、深い余韻。

猫は人間の言葉を話すことができないけれど、キョーコさんと小雨とのあいだにはいつも言葉があふれている。雨を含んだ空気が肌に触れればわかるように、お互いを感じとっている。

本書の装丁の背景にある、淡い色の点々に見えるものは、すべて「こさめにっき」というひらがなの文字だ。本と向き合ったひとしか気づかないこと。

その文字を読みとろうと目をこらすとき、音もなく降る、言葉の雨粒を見つめている気がする。

2017年5月31日

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文字食のコラム 「その字にさせてよ」

正木香子

文筆家。文字を食して言葉を味わう「文字食」日々実践をモットーに、エッセイ・コラム・ルポルタージュなどの執筆を行う。著書に『文字の食卓』(本の雑誌社)、『本を読む人のための書体入門』(星海社新書)、雑誌『デザインのひきだし』にて「もじのひと」連載中。

http://www.mojisyoku.jp/

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