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書体づくりを知る2つの展覧会「第五期 文字塾展」と「印刷書体のできるまで」展

展覧会レヴュー

書体づくりを知る2つの展覧会「第五期 文字塾展」と「印刷書体のできるまで」展

書体づくりを知る2つの展覧会「第五期 文字塾展」と「印刷書体のできるまで」展

書体制作は、たいへんな時間と労力を積み重ねた仕事だ。 漢字も含めれば何万字という文字をつくるというだけでも気が遠くなるのに、その一文字一文字の微妙な曲線や筆の運び、エレメントの形といった細部のデザインの検討も何度も重ねる。こだわりぬいて制作された書体は、だからこそ、一文字を見ても、組まれた文章を読んでも美しい。

その書体制作の過程がよくわかる展覧会が二つ、開催されている。

第五期文字塾展「五十音 みんな極めた かんじもね」

ひとつは第五期文字塾展「五十音 みんな極めた かんじもね」。字游工房の代表で書体設計士の鳥海修が塾長を務める、仮名のデジタルフォントをつくることに主眼を置いた私塾である。塾生には学生もいれば、書体に関わる仕事をしている人、グラフィックやウェブのデザイナー、はたまたまったく関係のない仕事をしている人もおり、顔ぶれは多彩だ。2年、3年と連続で受講する塾生もいるが、1年間でひとつの書体を制作することを基本としており、その成果を発表する場がこの「文字塾展」である。

「第五期 文字塾展」会場の様子

会場は、完成した書体と組み見本で構成されたパネルと、制作過程をまとめたファイルの展示という、シンプルな構成。この制作ファイルが肝である。

同じ正方形の枠の中に、(原則として)明朝体の文字をデザインする。そうしたなかで、塾生の一人一人が、どのような書体をつくりたいと思い描き、コンセプトを定め、どのように形に落としこんでいくのか。とまどい、迷い、悩み、立ち止まったり戻ったりする過程で、鳥海塾長がどのようなアドバイスをしたのか。一文字一文字に入った赤字やコメントを読んでいくと、どんなふうにその書体が生み出されていったのかを追体験することができる。書体というものを初めてつくる人、まだつくることに慣れていない人たちが、この難しい仕事にどう取り組んだのかが見えるのだ。

完成した書体に寄せた小宮山博史(書体史研究家・書体デザイナー)の直筆手紙の講評は必読。会場で配布されている冊子に掲載された鳥海の書体講評も、どこまでもあたたかい。 展示は6月10日(土)まで。

「印刷書体のできるまで ――活字書体からデジタルフォントへ」展

もうひとつの展示は、その名も「印刷書体のできるまで ――活字書体からデジタルフォントへ」。印刷博物館で開催されている。
〈普段あまり意識することのない印刷の文字のかたち=書体には、さまざまな「読ませる」工夫が詰まっています。印刷書体の制作工程から、その工夫をご紹介します。(展覧会チラシより)〉

「印刷書体のできるまで」展 チラシ

展覧会は大きく三部構成。(1)書体制作の歴史、(2)印刷書体のできるまで、(3)印刷書体のこれから。このうち(2)では、戦前から凸版印刷が受け継いできた凸版明朝体をベースに、現代に合うように生まれ変わった「凸版文久明朝」をはじめとした凸版文久体ファミリーの制作過程を詳しく展示している。

凸版文久体ファミリーは、凸版印刷プロデュースのもと、和文は鳥海修+伊藤親雄(字游工房)、英数字は岡野邦彦(Shotype Design)が制作を担当し、小宮山博史(佐藤タイポグラフィ研究所)と祖父江慎(コズフィッシュ)の2人の監修のもとに制作された書体ファミリーだ。文字塾展ではともに塾生の書体をチェックした鳥海と小宮山の2人は、ここでは書体制作者と監修者に立場を変える。

伝統的な書体の流れを踏まえながら堅実に書体を見る小宮山と、流れをふまえつつも時に大胆に歴史を塗り替える祖父江の監修コンビの、時に相容れないのではと感じられるコメントに、鳥海をはじめとする制作者たちがどう応えていったのか。プロの世界でも、いや、プロの世界だからこそ、書体を研ぎ澄ますためのやりとりは、いっそう厳しく細やかで、そしてエキサイティングだ。こちらの展示でも、このコメントのやりとりが見られることがまずひとつの大きな魅力。

さらに、書体はデザインをすれば完成するわけではなく、フォント化の過程でもまたさまざまな調整が行われ、それによって高品質なフォントが生み出されているのだということを漏らさず展示していることがすばらしい。こちらの展示は6月18日(日)まで。

両展覧会とも、関わる人すべてが、文字の向こう側にいる読者のことをただひたすら考え、思いやり、書体をつくりあげている。会期終了までわずかな日数しか残っていないが、その軌跡と真摯な取り組みを、ぜひ多くの人に見てほしい。


第五期文字塾展「五十音 みんな極めた かんじもね」

  • 会期:2017年6月4日(日)~6月10日(土)
  • 場所:人形町人形町ヴィジョンズ
        東京都中央区日本橋堀留町2-2-9 ASビル1F
  • 時間:12:00 – 19:00  (最終日の10日はトークイベント開催のため展示は14:00まで)
  • 入場料:無料

「印刷書体のできるまで ――活字書体からデジタルフォントへ」展

  • 会期:2017年3月11日(土)~6月18日(日)
  • 場所:印刷博物館 P&Pギャラリー
         東京都文京区水道1-3-3 トッパン小石川ビル
  • 時間:10:00~18:00
  • 休館日:月曜日
  • 入場料:無料(印刷博物館常設展を見るには別途入場料が必要)
2017年6月8日

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人物プロフィール

小宮山博史

1943年新宿生まれ。佐藤敬之輔に師事し書体設計と和文書体史の基礎を学ぶ。佐藤没後研究所を引き継ぎ、書体設計と書体史研究を柱に活動。書体設計では 平成明朝体、大日本スクリーン「日本の活字書体名作精選」、中華民国国立自然科学博物館中国科学庁表示用特太明朝体、韓国サムスン電子フォントプロジェク トなどを制作。著書、共著に『明朝体活字字形一覧』(文化庁)、『日本語活字ものがたり』(誠文堂新光社)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社)、 『活字印刷の文化史』(勉誠出版)など。2010年、竹尾賞デザイン評論部門優秀賞受賞。阿佐谷美術専門学校講師。印刷史研究会会員。

祖父江 慎

グラフィックデザイナー。コズフィッシュ代表。1959年愛知県生まれ。多摩美術大学に入学するが、杉浦康平に憧れ、在学中の1981年から工作舎でアルバイトを始め、大学中退。在学中は漫画研究会に所属、先輩にしりあがり寿、喜国雅彦がいた。1987年工作舎退社。秋元康が設立した株式会社フォーセールでアートディレクターを務め、1988年独立。1990年コズフィッシュ設立。人文書、小説、漫画などの書籍の装丁やデザインを幅広く手がける。吉田戦車の漫画本をはじめとして、意図的な乱丁や斜めの断裁など、装丁の常識を覆すデザインで注目を集める。近年、「スヌーピー展」「エヴァンゲリオン展」「ゲゲゲ展」「ゴーゴーミッフィー展」など、 展覧会のグラフィック、アートディレクションを手がけることも多く、展覧会グッズでは独特の感性を爆発させたユニークな商品を開発している。

鳥海修

1955年山形県生まれ。多摩美術大学GD科卒業。1979年株式会社写研入社。1989年に有限会社字游工房を鈴木勉、片田啓一の3名で設立。現在、同社代表取締役であり書体設計士。大日本スクリーン製造株式会社 のヒラギノシリーズ、こぶりなゴシックなどを委託制作。一方で自社ブランドとして游書体ライブラリーの游明朝体、游ゴシック体など、ベーシック書体を中心に100書体以上の書体開発に携わる。2002年に第一回佐藤敬之輔顕彰、ヒラギノシリーズで2005年グッドデザイン賞、 2008東京TDC タイプデザイン賞を受賞。京都精華大学特任教授。

展覧会レヴュー

雪 朱里

ライター、編集者。1971年生まれ。武蔵大学人文学部日本文化学科卒業。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、専門誌編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事やくらしの歴史などの分野を中心に、ものづくりに携わる人々への取材執筆活動を行なっている。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、編集・執筆等を手がけた書籍に『一〇〇年目の書体づくり 「秀英体 平成の大改刻」の記録』(大日本印刷)、『活字地金彫刻師 清水金之助』、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話』(小塚昌彦著/グラフィック社)ほか多数。2011年2月より『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)のレギュラー編集者も務める。

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