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2015年2月3日

ハングル書体デザイナー「チェ・ジョンホ」の本が刊行

2015年2月3日

ハングル書体デザイナー「チェ・ジョンホ」の本が刊行

韓国の出版界及びデザイン界で、長い間明らかにされることのなかった書体デザイナー、チェ・ジョンホに焦点を当てた本『ハングルデザイナー チェ・ジョンホ(한글 디자이너 최정호)』が韓国にて出版されました。

チェ・ジョンホ(崔正浩)(1916–1988)は、日本での修学期や印刷業を経て、ハングル原図設計家となり、現在のハングル明朝およびゴシック体の原型を作ったと言われています。この本は彼の人生、そして彼の手によるハングル書体の痕跡を辿った一冊です。

著者は、韓国を代表するグラフィックデザイナー/タイポグラファーで現在は坡州タイポグラフィ学校(PaTI)の校長を務めるアン・サンス(安尚秀)氏と、書体デザイナーであり現在AGタイポグラフィ研究所責任研究員のノ・ウニュ(盧恩裕)氏。

『ハングルデザイナー チェ・ジョンホ』

  • 出版社 :アングラフィックス
  • 発売日 :2014年12月3日初版発行
  • ページ数:304ページ
  • 価 格 :30,000ウォン

著者のことば

家の壁にチェ・ジョンホ先生が書いた文字が掛けてあった。
王雄の詩、整った文字・・・。
私はこの文字を「パーティー(PaTI)」に移した。
独坐幽篁裏(一人で深い竹林に座り)
弾琴復長嘯(琴を弾き、歌を歌う)
深林人不知(林は深く、人がわかるはずもなく)
明月來相照(明るい月光だけが照らす)
王雄「竹里間」
ノ・ウニュ博士がコピーしてきた彼のノートから
その文字の草案を発見した瞬間、
三十年が遡った。
懐かしかった。
記憶を集め、この文を書く

(2014年春 アン・サンス)


チェ・ジョンホ、学校で先生方々やハングル体研究会先輩方々から何度も聞いた名前だった。大学4年生の時、デザイナーがよく使う書体を調査したことがあり、当時多数がSM書体を言及した。そしてその理由としてチェ・ジョンホの原図を基にしたため完成度が高いと口を揃えて言った。書体デザイナーとして働き始めた時も明朝体、ゴシック体の奥深い線と向き合うたびにチェ・ジョンホ先生が書いた原図に対する好奇心が深まった。しかし、彼についての記録が殆どなかった。

2010年12月頃に論文学期を目の前にし、指導教授だったアン・サンス先生から博士論文のテーマをチェ・ジョンホ先生にしたらどうかと言う提案があった。しかし、簡単に心を決めることができなかった。その時、ちょうどアップル(Apple)からiOSに適したハングル書体を推薦してほしいとの連絡を受け、関連報告書をアン先生と一緒に作成する任務を任された。その過程で既存のアップルゴシック、アップル明朝を誰が開発したかを追跡している内、元新明システムズ代表キム・ミンス社長から驚きの証言を聞いた。キム・ミンス社長がアップルの初国内流通を担当したエレックスコンピュータのために新明書体を「アップルゴシック」、「アップル明朝」と名付けて搭載してあげたとのことだった。また、それが今のSM書体であり、チェ・ジョンホ先生の原図を基に作ったと話した。結局アップルの初ハングル書体もチェ・ジョンホ先生の手から始まったものであった。このように私がどの仕事をしてもその果てにはチェ・ジョンホと言う人物が立っていた。これ以上避けられないと思って彼について調べ始めた。

しかし、原図活字時代の原図とその設計者についての記録は多くない上で資料によって内容も異なり事実かどうかを確認することが簡単ではなかった。数百年前の資料は大切に思われ、保管してまとめたものが多い反面、わずか数十年前の資料はすぐ捨てられ、忘れられていたものが多い。国内資料だけでは限界があり、小さな手がかりでも探すために韓国と日本を行き来しながらチェ・ジョンホ先生の原図を探した。幸い難関に遭遇するたびに助けてくださる方々が現れ、うわさで聞いたチェ・ジョンホ先生の原図を目の前にする光栄を得ることもできた。

この本はチェ・ジョンホ先生の生前インタビュー及び寄稿文、家族の証言等を基に彼の生涯について語り、原図に対する分析を加えた。彼の人生をひとつひとつ振り返る過程を通じて私はこれからの私の歩む道について大事な手がかりを所々で探すことができた。この本を始めに彼が残した遺産を整理しながら彼が話しきれなかった話をもっと探してみたい。

(2014年春 ノ・ウニュ)


お知らせ

著者のひとり、ノ・ウニュ氏が2月13日に来日し、ハングルセミナー「韓国の文字、いろいろと。」を開催するとのこと。興味ある方はぜひ。

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