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『算盤が恋を語る話』江戸川乱歩

文字文学

『算盤が恋を語る話』江戸川乱歩

文字にまつわる小説・随筆などを青空文庫収録作品から一冊にまとめた『文字文学 Ⅲ』(type.center 編)掲載作品から江戸川乱歩の『算盤が恋を語る話』一部分をご紹介いたします。


算盤が恋を語る話

江戸川乱歩

 彼は会社で当のS子と席を並べて事務をとりながらも、そして彼女とはさりげなく仕事の上の会話を取交しながらも、絶えずそのことばかり考えていました。帳簿をつける時も、算盤を弾く時も、少しも忘れる暇はないのです。するとある日のことでした。彼は算盤を弾きながらふと妙なことを考えつきました。
「少し分りにくいかも知れぬが、これなら申分もうしぶんがないな」

彼はニヤリと会心の笑みを浮べたことです。彼の会社では、数千人の職工達に毎月二回に分けて賃銀を支払うことになっていて、会計部は、その都度つど工場から廻されるタイムカードによって、各職工の賃銀を計算し、一人一人の賃銀袋にそれを入れて、各部の職長に手渡すまでの仕事をやるのでした。その為には、数名の賃銀計算係というものがいるのですけれど、非常に忙しい仕事だものですから、多くの場合には、会計部の手すきのものが総出で、読み合せから何から手伝うことになっていました。

その際に、記帳の都合上、いつも何千というカードを、職工の姓名の頭字かしらじで(いろは)順に仕訳しわけをする必要があるのです。始めの内は机をとりのけて広くした場所へそれをただ「いろは」順に並べて行くことにしていましたが、それでは手間取るというので、一度アカサタナハマヤラワと分類して、そのおのおのを更にアイウエオなりカキクケコなりに仕訳る方法をとることにしました。それを始終やっているものですから、会計部のものはアイウエオ五十音の位置を、もうそらんじているのです。たとえば「野崎」といえば五行目(ナ行)の第五番という風にすぐ頭に浮ぶのです。

Tはこれを逆に応用して、算盤に表わした数字によって簡単な暗号通信をやろうとしたのです。つまり、ノの字を現わす為には五十五と算盤をおけばよいのです。それがのべつに続いていては一寸分りにくいかも知れませんけれど、よく見ている内には、日頃おなじみの数ですから、いつか気づく時があるに相違ありません。

では彼はS子にどういう言葉を通信したか、試みにそれを解いて見ましょうか。

十二億は一行目(ア行)の第二字という意味ですからイです。四千五百は四行目(タ行)の第五字ですからトです。同様にして三十二万はシ、二千二百はキ、二十二円もキ、七十二銭はミです。すなわち「いとしききみ」となります。


全文は『文字文学 Ⅲ』にて。BCCKSの機能を利用して、このままお読みいただくことができます。


他の作品も一冊にまとめた『文字文学 Ⅲ』は、各電子書籍ストアで配信されているほか、BCCKSでの電子書籍版『文字文学 Ⅲ』の閲覧は無料、文庫本サイズの紙本を注文し購入することもできます。収録作品はtype.center bcck storeでご覧いただけます。文学であじわう文字をお楽しみください。

2018年9月11日

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type.center編集部

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