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一年の卿は顔真にあり

ほぼ二字コラム

一年の卿は顔真にあり

2019年1月16日(水)からトーハクで「顔真卿 王羲之を超えた名筆」が開催されます。がんしんけいってご存知ですか? おうのほうが知ってる人多いからこそサブタイトルにわざわざ入れたのかな、という気もするんですけど、とにかく顔真卿です。これは見て損は無いでしょう! ってことで、顔真卿のどこがどうスゴいのか、見どころを書いてみます。


さて顔真卿。知ってるひとは知ってると思いますが、彼の楷書はみなさんが読んでいるこの文章や、小説などに使われている「明朝体」のルーツとも言われてるんですね。

明朝体の特徴である、縦画の起筆のところがカイコがアタマを持ち上げたような形、そして右ハライの広がるところのツバメの尾のような形が、顔真卿の楷書に顕著に見られる「さんとうえん」と呼ばれるそれに強い影響を受けている、と言うことなんです。

いまの明朝体はもっと横画が細く、見出し書体では縦画とのコントラストが強いなど、もちろんだいぶ変わってきてはいますが、版木に彫られていたころの初期の明朝体のなかには顔真卿の楷書(の筆書き)のようなかたちのものもあります。こないだ武蔵美の美術館で展示していた「古文眞寶」の中にも見受けられました。

居酒屋の看板に使われているこの書体も、顔真卿の書を元にしていますね

唐代に完成したとされる楷書、たとえばおうようじゅんの「九成宮醴泉銘」やちょすいりょうの「雁塔聖教序」には、すくなくともそういったニュアンスはありますが、顔真卿の楷書のそれは力強くゴリゴリっとかなり目立って書かれ、「顔法」とまで呼ばれてます。ここに画像を貼った「多宝塔碑」はまだその要素は薄めな「顔法」ですが、後期の「顔勤礼碑」や「顔氏家廟碑」でみることができます。

『千福寺多宝塔碑(宋拓)』
東京国立博物館研究情報アーカイブズより

僕も何年か前に「多宝塔碑」を臨書したことあるんですけど、その時のメモでは、〈以前は美しい字と思わなかったし、いまも「美しい」というものでは無いと思っている〉って書いてますね。楷書と明朝体を繋げて考えるために臨書してみた、とも。

実際に筆で書いてみると、「蚕頭燕尾」の箇所の筆使いが心地良かった記憶があります。決めどころがはっきりしているから明快で、なるほど明朝体が分業で彫られ定着していったのも「蚕頭燕尾」というルールが明快だからだなぁと実感したものです。と同時に、こうしときゃキマるでしょ的な、様式化されたマッチョな感じも否めませんでしたけど。


さて、今回の「顔真卿 王羲之を超えた名筆」の目玉といえば、台北の國立故宮博物院からやってくる、日本初公開の「さいてつぶん稿こう」でしょう。

『祭姪文稿』
東京国立博物館研究情報アーカイブズより

ここに貼った画像はトーハクの所有する拓本(ということは石碑があるんですかね)ですが、ついにオリジナルが来る! というわけです。

この「祭姪文稿」は安史の乱で惨殺された甥に捧げた弔文の草稿で、最初は落ちついて書かれていた文が、次第に修正や書き直しが行われ、行もゆがんでいきます。悲しみや怒りの感情が生々しく見てとれます。

書聖とも呼ばれた王羲之の書が形骸化した時代に表われた、こうした感情を注ぎこんだ顔真卿の書の表現が「王羲之を超えた名筆」という展覧会タイトルとなったゆえんでしょう。


もちろん、顔真卿の「祭姪文稿」の書きぶりは目をみはるものがあるし、そこにほとばしる激情も理解できるんですけど、でも、草稿ですからね……、これ本番を仕上げたらその感情はどう表現されることになるんだろう、などと思ったりしてしまうのはあまりにも下衆い考えでしょうか。

ということで僕の書の師匠、石川九楊の『書の宇宙』の顔真卿の巻を開いてみますと、おお、〈たしかに肉筆「祭姪文稿」は魅力的な作ではあるが、あくまでその魅力の大半は、草稿の持つ草率さに負っている〉と書かれてました。さらに〈顔真卿の書を解く鍵は、顔真卿の作品の中では初期の作に属する「多宝塔碑」にある。「多宝塔碑」の中に、すでに三稿の世界があり、また「顔氏家廟碑」らの姿も書き込まれている〉とあります。


その理由もいろいろ書いてあるので実際に読んでもらうのがいいんですけど、めっちゃ端折ってまとめると、「九成宮醴泉銘」「雁塔聖教序」のような整った楷書ではなく、ある種の俗っぽさを持つ「多宝塔碑」に見られる「顔法」の兆しは、実は狂草の書き手でもあった顔真卿ならではの筆づかい、書きぶりがもたらすものである、というような話なのです。俗っぽさとは、その書から垣間見える感情と言い替えてもいいかもしれない。そこに顔真卿の書の魅力がある、と。

そんなことを頭に置きながら「多宝塔碑」と「祭姪文稿」を見てみると、顔真卿の書がなんとなく、分かるような気もするんですよね。ていうかやっぱ「祭姪文稿」の現物みてみて確認したくなりますネ。チケットくれ!


特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」

  • 会期:2019年1月16日(水) ~2月24日(日)
  • 会場:東京国立博物館 平成館(上野公園)
  • 公式サイト:https://ganshinkei.jp/
2019年1月1日

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塚田哲也

大日本タイポ組合のひとり。新世界タイポ研究会のメンバーでもある。ソロ活動として、デザイン関連ダジャレコンテスト「グッドデザイソ」をtwitter上で開催中。

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