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『文字渦』の文字はいかに作られたか──「作字」をDNPメディア・アートに聞く

開発インタビュー

『文字渦』の文字はいかに作られたか──「作字」をDNPメディア・アートに聞く

当サイトでもたびたび取り上げている円城塔氏の『文字渦』。ここでは文字について書かれた小説でありながら、実際の文字を作字したり、組版についての実験的なことなど、文字や文章、書籍についての形態にとっても、あたらしい試みとなりました。

今回、作字や組版・製版、といった作業でどのようなことが行なわれたのか、作者の円城塔氏へのインタビューに続き、今回は制作にあたった株式会社DNPメディア・アートの御三方に、新潮社の御二方も同席の上、お話を伺ってきました。

株式会社DNPメディア・アート
 社内認定マイスター(秀英体フォント管理・作成) 高橋耕一さん
 プリプレス制作第1本部 書籍組版センター 吉川正巳さん/長嶋英樹さん

株式会社 新潮社
 「新潮」編集部 清水優介さん/出版部文芸第一編集部 加藤木 礼さん
聞き手:塚田哲也(大日本タイポ組合)

100文字の作字依頼からはじまった

──今回『文字渦』の制作において新しく作った字、その作字について順を追ってお聞かせください。

高橋: 雑誌「新潮」で『文字渦』の連載がはじまる際に、作字する作業が100字程度発生するということは事前に話をいただいていました。

清水: 一気に100字をお願いしたわけではなく、雑誌「新潮」への連作ごとに都度、作字をお願いしていました。

──通常は外字の作成頻度はどのくらいなんですか?

高橋: いまでは一般の書籍ですと、3ヶ月に1回出るか出ないかくらいです。辞典以外でこれだけの外字を作ったのははじめてですね(笑)。

──どういう状態でオーダーがあったんでしょうか?

高橋: Unicodeがあるものはそのコードが表記されてきました。Unicodeが無いものは手書きなどで来たはずです。

清水: 円城さんからワープロソフトで作成された原稿をいただくんですが、コードの指定が付されていました。それをこちらで画面に表示した拡大画像を添えて大日本印刷さんにお送りすると、数日後に出来上がってくる、という流れです。

──作字をする際にベースとなるのは秀英体ですよね?

高橋: はい。ベースとなるのは秀英体のOpenTypeフォントです。AJ1-6相当(23,058文字)のうち漢字が約15,000ほどありますから、そこで漢字があるものはそれを使います。

また、大日本印刷は新潮社さんと「基本文字運用」という、書籍を作る上で使われる印刷字形のとりきめをコンピュータ組版(CTS)の頃から行なっており、JIS X 0208 1990字形、JIS X 0123 2004字形といった規格によって字形が変わる文字に関しては、「新潮基本文字」として選定した298文字に差し替わります。字形が混在してしまうのを避け、あるべき字形にあわせてからスタートすることで、本を作るという本来の姿にいられるように作ったルールです。

それらを経て、のこった外字扱いのもの、すなわちOpenTypeフォントに含まれない、そして基本文字にも含まれないものとして、今回あらたに100文字を作成しました。

『文字渦』のために作字された文字の一覧。連載時にはその都度つくられたので、このように一覧したのははじめて

高橋: 作字の依頼がありましたら、次のステップとして、当社で持っている字母が無いか検索し、あればそれを使いますし、そこに無いものは作字をする、ということになります。

実は過去に『新潮日本語漢字辞典』も当社で作成をしまして、そのときに太明朝、細明朝を同数作って、当社では33,000文字を保有しています。

──33,000文字!

高橋: 今は新潮社の校閲にいらっしゃる小駒勝美さんが企画、執筆、編纂をされていて、『諸橋大漢和』に収録されている文字からも、秀英明朝として作字するという作業を、小駒さんに指導されながら私も相当やりました。

清水: 「新潮基本文字」も小駒が選定したんです。実は『文字渦』の雑誌掲載時にも、直接の担当ではなかったんですが、漢字に関しては小駒に見てもらっていました。

──なんと! 『新潮日本語漢字辞典』の小駒さんが『文字渦』の校閲に入っているとは……。

高橋: 当社で保有しているこれらの文字はOpenTypeに登録されていなくても、独自のシステムを使って部首や部首の読み、CIDコード、画数などから検索し使用できるようになっています。

たとえば「不」に「死」という文字は、部首では「いち(一)」あるいは「いちた(歹)」で、画数を「10画」と入れればすぐに出てきます。もちろんUnicodeを入れ文字が存在していれば一発です。異体字があるものはそれも並んで表示されます。

保有している字母を登録し、検索するシステム

──へぇ! この字は作字したんじゃなくて、もとからあったんですね!

高橋: はい、そうです。100字のうち3割くらいは、ここから検索してみつけました。

ただ、保有していた文字を雑誌掲載時に使ったところ、それを見た小駒さんから赤字が入って、書籍になるにあたってデザインを微調整したものもあります。

──なるほどー、『文字渦』で実際に組まれることで、文章の中での見え方などあらたに校正される機会が生まれたわけですね(笑)

高橋: 『新潮日本語漢字辞典』を作成したときに、小駒さんからアドバイスをいただいて、それまで当社が保有していた文字に対しての字形の整備も並行して行ったんです。たとえば部首の字形にバラつきがあったものを整えていったり。字形に遡って文字のバランス、デザイン、かっこよさを追求して調整をし、字形のブレを無くしました。そういったこだわりが今回も反映されていると思います。

漢字を調べ、探し、作る

──さて、それで検索をしても無かった文字は、いよいよ新規に作字されるんですよね?

高橋: 既存の文字からパーツを流用し、フォントエディターで一文字一文字、作字を行いました。文字を作る担当者は一文字あたり20分程度で作成します。

──へー、20分くらいでできちゃうもんなんですね。

高橋: このフォントエディターのおかげ、というのもあります。それに、既にこれまで作っている秀英体の文字が33,000文字ありますから、それを元に作業ができますので。

それよりも既存の文字が無いか検索したり、あるいは作字をする際のパーツはどの字からもって来るのが良いのか、などの調査に時間がかかっています。

──その秀英体のパーツを流用して作った文字は、もちろん既存の秀英体と一緒に組むわけですから、そこは違和感なく見えるようにデザインしないといけないわけですよね?

高橋: はい、左右反転の「正」も作成しましたが、横画のウロコは右に持ってくるなど、明朝体として違和感なく見えるようにデザインをしています。また、本文に使う細明朝に関しては、横画、縦画のそれぞれの太さはある程度ルールがありまして、その太さを数値でチェックするプログラムも使用しています。そうすることで既存の文字と並んでも違和感なく読めているはずです。

「正」や「止」「邑」の字が左右反転になっても、横画の右端にウロコがつく

──ちなみに「ワクワク」の「惑」が天地反転しているやつ、逆さになってる横棒は右上にウロコが付いてたほうがいいよなー、とか思ったりしませんでしたか(笑)?

高橋: 明朝体的にはそうですけど、これは指示どおりに作字しましたので(笑)。

上下回転させて作字した「ワクワク」

──ちなみに、今回『文字渦』のためにあらたに作られた文字は、さきほどのデータベースに収録されるんでしょうか?

全員: (笑)

高橋: 作字した文字に関して、汎用的に使う可能性が高いものはデータベースに字母を登録管理しますが、使用頻度が低そうなものはストックはしておきますがデータベース管理はしない、ということになります。

そもそも「基本文字運用」のきっかけが、たくさんある異体字の中で、あれもこれもと採用してしまうと、統一性が取れなくなる。なので新潮社の書籍に関してはこの字を使いましょう、ということで作ったルールです。ですから必要以上にデータベースを増やす、ということはしないんですね。

また、OpenTypeフォントで選べる異体字も、使用頻度の高いものを収録するという主眼で作られていますし、それでほとんどカバーできているようです。そこに含まれない頻度の異体字やあたらしい字形というのは、辞典などではともかく、一般書籍で使われるのはほとんど無いですね。

──なるほどー、それじゃあ今回作字された文字たちは、データベースには登録されずに……。

高橋: そうですね、ストックですね(笑)。

校正が戻ってくるまで全員が心配だった

──今回の作字の作業で、ゲシュタルト崩壊したりなど、混乱しませんでしたか?

長嶋: 通常の製版の作業の流れとしては、こちらから校正を出したものに赤字を入れていただいて、その赤字を元に修正を加え、次の校正を出す、というのが基本です。

文字の形に関していうと、手書きで書かれているものなど、誤字の可能性もありますから、まず初校ではJIS X 0208 1990またはJIS X 0213 2004の字形に整えて出すことが多いです。そしてその校正に対して赤字をいただき対応していきます。

赤字が入るとそれに対応しうる既存の字形に差し替えて再校を出し、さらに赤字が入ったときには、通常には無い字形を要求されているということで外字として対応することになります。そこで検索ツールを使いデータベースに字形が存在するか、無ければ作成する部署にオーダーをする、という流れです。

今回の『文字渦』の原稿に関しては、あらかじめUnicodeなどで指示をいただいたものを作字し組み込んで校正を出したので、通常とはすこし違いました。Unicodeで指示をいただくというケース自体も稀ですが(笑)、Unicodeにも無くオーダーどおりに新たに作字した文字に関しては、校正を出したにもかかわらず「はたしてこの文字で正しいのか」という判断がつかずに心配でなりませんでした。正しいのか間違っているのかがよく分からない(笑)。

たしかにこの字で本当に合っているのか、分からないですよね……

──ははは(笑)

長嶋: 「兵」の点が無いものや、「不」「死」のようなものは、その字の形や組合せから「こういう風に使うんだよね」という意味がなんとなく分かるんですが、「エイ」の字がたくさん並ぶあたりなどは、そもそもこの字でいいのかこの順番でいいのか、判断がつかなくて……。

──しかも実際に組んでもこの文字の大きさだし、区別できるのかっていう……。

長嶋: こういった作業をしていると、「もんがまえ」の文字やワタナベの「ナベ」の字などは、慣れているので「この字は危ない」という意識はあるんですけど、さすがにこの字は日常的にそこまで使わないので(笑)。

吉川: もちろん自分たちでも見直しますし、あらためて文字の検査の担当にも見てもらいます。それでもみんな、これで正しいんだよなぁ? ってなる(笑)。

──「エイ」の字、なかなか使わないですよね。しかもこんなにたくさん……。
ところで「新潮基本文字」のリストに「羸(ルイ)」の字がありますね。

左は今回作字したリスト。「エイ」の字がたくさん作られた。右に見えるのが「新潮基本文字」のリストの最後のページ。リストの最後に「羸(ルイ)」の字が載っている

高橋: さきほど、JIS字形が「新潮基本文字」に変わると話しましたが、実はOpenTypeフォントに含まれない文字(異体字)も18文字ほどあるんですね。小駒さんの正しい字形への思いで。「羸(ルイ)」の字はその中のひとつです。この字を良く見てください。今回作字したいろいろな「エイ」の字は「亡」の二画目の横棒の左側が出てないんですが、「羸(ルイ)」だけ、横棒が出てるんです。

──えーーーーーー!!!!

高橋: 「羸(ルイ)」は「基本文字」を使うルールですから。あらたに作った「エイ」の文字のオーダーは横棒が出ていないものだったので、そのように作成しました。

左から5行めの一文字め、「羸(ルイ)」だけ「亡」の横棒が左に出ている

──そもそもこの「羸(ルイ)」という字は使う機会が滅多にないと思うんですが、この「新潮基本文字」のリストのいちばん最後にあるのが意味深だな、と思って……。円城さんはそこを狙ってこの字を使ったんですかね。

清水: 円城さんには連載開始時に「新潮基本文字」の存在は知らせていますので、もしかするとあるかもしれません……(笑)。

ルビとは何か

──ほかに組版・製版をされるときに苦労したところはどこでしょう。
インベーダーゲームとか、たくさんの文字でひとつの文字をつくるやつとかはどうでした?

長嶋: そのへんはどうしたいかがハッキリとしているので作業をするにも分かりやすかったです。

──なるほどハッキリしている、と。『文字渦』の中で分かりやすいとか、判断基準がそもそも狂ってる気がしますけどね(笑)。

吉川: 大変だったのはやはりルビのところですね。

通常ルビは親文字にくっついて動いていくものですが、ここではそうでは無かったので苦労をしました。結果、「この行に対しこのルビ」と、一行ごとにルビをつける作業をしています。

一行ごとにルビを付けていった『文字渦』の中の「誤字」の章

清水: 「新潮」の雑誌のときと、書籍では行長が変わるので禁則が違ってきましたものね。

吉川: はい、なので書籍の際にはふたたび組み直しています。

──ヒーッ。そして例の赤字修正のゲラになるわけですね。

加藤木: 時間的にタイトだったこともあり、データのやりとりよりは校閲で赤字を入れたほうがよいという判断で、あのようになったんです。

長嶋: 通常のルビは、たとえ当て字であっても「この字はそう読ませたいんだな」と想像できるのでルビを付ける作業の際に納得できるのですが、今回のこれは、そういう理屈ではルビを振られていないから(笑)。

吉川: この字にこのルビ、という判断ができない……。

──ハッキリしていない、というわけですね。

長嶋: 作業をしながらも「ホントにこれでいいの?」という気持ちでした。検査の人間も含めて全員が、です。「ルビってそもそもなんだっけ」となりました。

漢字を作り蓄積した関係だからこそできた賜物

──みなさんの苦労の甲斐あって、『文字渦』はできました。これができたということは、もはやなんでもできるということでいいですか?

全員: (苦笑)

長嶋: いや、それにしてもこれだけのクセのあるものを、よく月刊誌でやったよなぁと思います(笑)。

清水: 編集としても、こんな作品になるとは思ってもいませんでした。

ただ、数年前から漢字についての小説を書きたいという構想はあったので、本当にみなさんの力をお借りしてできた賜物だと思っています。

──小説としての面白さはもちろんですが、ウチのような文字のサイトでも取り上げるなど「文字好き」にも刺さりましたしね。

加藤木: 文字/書の変遷の視点から書道雑誌にも書評がでたり、入口がたくさんある本に仕上がったんだなぁと思います。先ほどのルビの話も、先日の朝日新聞で取り上げられました。

高橋: 漢字の対応能力について、辞典データベースから検索するところから作字・組版まで、新潮社さんと大日本印刷のラインというのは、かなり高いと思います。

それは過去に培ってきた『新潮日本語漢字辞典』の蓄積があってこそ、作業がスムーズに行けたのではないかと思います。校閲で小駒さんが再び関わってらっしゃったという話は後から伺ったのですが、こうした縁は巡るものだな、と思いました。

──『新潮日本語漢字辞典』を作った新潮社と大日本印刷という連携で、小駒さんもまた参加されて、このたび『文字渦』を作ることになった、というのはなにか運命のようなものを感じますね。

たいへん面白く、またためになりました。お話どうもありがとうございました。

左から、株式会社DNPメディア・アート 高橋耕一さん/長嶋英樹さん/吉川正巳さん

2019年2月14日

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