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伝統と先鋭のアントワープ そして東京へ… 服部正貴

ATypI クロニクル

伝統と先鋭のアントワープ そして東京へ… 服部正貴

 いよいよ2019年9月に東京で開催される「ATypI Tokyo 2019」。これまで世界各地で開催されたこの国際タイポグラフィカンファレンスとは、いったいどのようなものなのでしょうか。

前回、2018年のATypIは、アントワープで開催されました。ワークショップやカンファレンス、そして街の様子など最新の情報をアドビの日本語タイポグラフィ シニアフォントデベロッパー 服部正貴さんに綴っていただきました。

日本語でのプログラム応募申込も、2月28日までとなっています。ぜひ参考にしてみてください。

ATypI 2018 アントワープ

服部正貴

今年は、文字に関する国際的なイベントATypI 2019が東京で開催されるということで、ぜひみなさんにも興味をもってもらうべく、昨年9月に参加したATypI 2018 アントワープの体験記を書くことにした。

海外のカンファレンスに行く

私のATypIへの参加はこれが3度目であり、初めて参加した2012年の香港大会は、初のアジア圏開催ということで、多くの日本人も参加していた記憶がある。そのとき私はアドビのフォント開発のスペシャリスト、ケン・ランディと2人でAFDKO(Adobe Font Development Kit for OpenType)という開発ツールを解説するワークショップを行い、ATypIのスピーカーとしてのデビューを果した。

その2年後、バルセロナで開催されたATypI 2014では、アドビとGoogleが共同開発をしその年にリリースしたPanCJKフォント 源ノ角ゴシック(Source Han Sans)のプレゼンテーションをアドビ日本語フォントチームの山本太郎、西塚涼子とともに行った。その後はシアトルとボストンで開催されたTypeCon(このカンファレンスについては岩井悠くんの記事でどうぞ)に参加し、2018年に再びATypIに参加する機会を得たのである。

アントワープはベルギーの港町で、中世からの美しい街並みが残り、チョコレートとワッフルがおいしく、アニメでも有名な「フランダースの犬」の最終回の舞台になった人気の観光地でもある。その話は後ほどすることにして、文字業界的には、文字通なら1度は訪れたいタイポグラフィの聖地、現存する最古の印刷工房、プランタン・モレトゥス印刷博物館があることで有名である。ATypI 2018のテーマが「Type Legacies: Honoring the heritage, designing type today.」ということで、まさにぴったりな街だと感じた。

町で開かれるマーケットで売られていたプランタン・モレトゥス通りの看板

カンファレンスは、基本的に5日間2部構成である。前半2日はワークショップや比較的技術寄りのプレゼンテーションが中心で、後半3日が大会のテーマに沿ったプレゼンテーションとなる。ワークショップは1日フルで使うコースと半日だけのコースがあり、1日ワークショップに参加するとその他のワークショップに参加できず、半日の場合は午前・午後と別々のワークショップに参加することもできる。ワークショップには有料と無料のコースがあり事前予約が必要である。サイトに公開されたプログラムの内容とスケジュールを確認しながら予約できる。

私の場合、「Looking at early type and typography」というワークショップに参加したかったのだが、事前予約で定員オーバーになっており登録できず、しかたないので(じゃないけど)午後の部の「Producing color variable fonts in Glyphs」にだけ登録した。

偉大なるタイプの遺産

今回はスピーカーとして登録しておらず、自腹の一般参加ということで、外国人相手につたない英語でプレゼンをするという過度なプレッシャーも無く、何人か知り合いの日本人も参加していることもあり、リラックスしたオフ旅行のような気分で日本を出発。ブリュッセル空港に到着後、特急電車に乗りつぎ30分ほどでアントワープ駅に到着。雰囲気のある駅だなと感心してたら、世界ー美しい駅だと言われているとか。

とりあえずホテルで一息つくかと思っていたら、現地で合流した友人のはからいで、あきらめていたワークショップ「Looking at early type and typography」に参加できるという知らせがあり、急いでプランタン・モレトゥス印刷博物館に向かう。

このワークショップは、プランタン・モレトゥス印刷博物館のコレクションを鑑賞しながら、英国レディング大学准教授でATypI会長でもあるジェリー・レオニダスさんの解説を聞くというもの。一般展示では、ショーケースのガラス越しに開かれたページしか見ることかできない貴重な書物の数々を、レオニダスさんは素手でページをぺらぺらめくりながら、淀みない口調で書物の作られた歴史的な経緯とタイプフェイスデザインやタイポグラフィの特徴について詳しく説明していく。あまりに早口で聞きなれない言葉も多く、私には難易度高めだったけど、16世紀最高の印刷技術と磨き抜かれた職人の技によって生み出された美しい書物を間近で見ることができすばらしかった。

ニコラ・ジェンソン版『神の国』、彩色された装幀が特徴

コンプルトゥム多国語対訳聖書のコレクション、ページごとにラテン、ギリシャ、アラム、シリア、ヘブライの5ヶ国語で組まれている

プランタン ロイヤル バイブル、これは実際の装幀をおこなう前の一時的に楽譜のシートでカバーされてる状態

ピンポン

そんなこんなで到着した当日の午前中から飛ばしまくり、Campus Spoor Noord アートスクールに移動し午後のワークショップへ。今度はガラリと雰囲気が変わり、カラーバリアブルフォント制作、しかもそのお題がGlyphsというフォント作成アプリの機能を駆使し、ピンポンゲームを作ろうというものだった。ビデオゲーム創生期に一世風靡したあのピンポンである。簡単に言ってしまうと、文字のかわりにボールとパドルを描き、バリアブルフォントの仕組みをつかってパラバラ漫画のように動かすことでピンポンゲームを再現する。アニメーションなので実際にゲームとしてプレーすることはできない。カラーのレイヤーを加えてフォントが完成すると、「A」をタイプすればこのアニメーションが再生される。実際に動かすために多少手続きが必要なのだが条件がそろえばちゃんと再生される。おもしろい、バリアブルフォント、カラーフォント、Glyphs、そしてWebブラウザーがどのようにフォントをハンドルしているかとてもクリアーに理解できる。

Glyphsのワークショップ

2日目以降のプレゼンテーション

プレゼンテーションの多くはすでにビデオにアーカイブされており、type.centerさんがまとめてくれている。だれでも無償で視聴できるので興味のある方はご覧いただくとして、ここでは自分目線で興味をもったことを書いていく。

ララ・キャプタンさんというアラビア語のタイプフェイスデザイナーのプレゼンテーションを聴いていたら「バルセロナでアドビジャパンのプレゼンをみてて……」という話題になり、見覚えのあるスライドがスクリーンに現れた。それはアドビ日本語フォントチームがバルセロナで話したプレゼンテーションの中で、文字ストロークのコンポーネント化を説明するイラストだった。彼女はその時の説明から着想を得て、アラビア文字をストローク単位でコンポーネント化しそれを合成することで文字をデザインする試みを紹介する内容だった。まさかストロークベースの漢字デザインの話が、一見関わりのないアラビア文字デザインにつながっているとは思わなかった。なにがどうつながっていくかなんて、やってみなければわからないものだ。

アジアンパワー

アントワープにいるにもかかわらす、アジア勢の参加が活況だった。中国からは方正、Hanyi、台湾のArphic、韓国からSandoll、ノ・ウニュさん、Googleの韓国語とCJKオープンソースフォント担当の方々、そして日本からはモリサワが登壇し、それぞれの立場からプレゼンテーションをしていた。中国勢は、膨大な文字を作らなければならないという事情からか、文字生産の効率性をあげる試み、バリアブルフォントといった新フォーマットへの対応などの話題が中心。韓国勢は自国の文字文化や歴史を再考察するといったテーマにフォーカスした印象(残念ながら、Sandollのセッションは見逃した)。そしてモリサワは2人のフォント職人、市川秀樹さんと小田秀幸さんにスポットをあて同社の文字作りへのこだわりとフォント開発の歴史を紹介するものだった。このプレゼンはとても評判がよく、同僚で欧文タイプフェイスデザイナーのフランク・グレイスハマーも褒めちぎっていた。

阪本圭太郎くんによるモリサワのプレゼンテーション

エンジニアもでてくる

アドビのPhotoshopの文字処理関係のエンジニア、ビノット・バラクリシュナ、アドビに入社する以前は日本の企業で仕事をしていた経験もあり日本語もなかなか上手だ。今回はPhotoshopにHarfBuzzという新しいテキストシェーピングエンジンを組み込む計画を紹介していた。HarfBuzzを採用することでさまざまな言語への対応がより柔軟にできると期待されている。Photoshopのエンジニアがタイポグラフィのイベントに参加して話すのはめずらしいことで、ATypIというイベントらしさを感じる。

タイポグラフィー・レジェンドたち

メイン会場のArenberg Theater

3日以降のメイン会場は、Arenberg Theater という劇場だった。スタイリッシュなシアターというよりレトロヨーロッパ感満載で、椅子だって真っ赤なベルベット風ファブリックなのだ。椅子の脇から便利な小型テーブルなんて出てこない、Wi-Fiはつながるけど、コンセントなんてない。そんな各曜日のプログラムの最後は、スペシャル企画になっており、基調講演として2人のタイプ界の大御所がスピーカーとして登壇した。一人目はフレッド・スメイヤーズさん、『カウンターパンチ』の著者として有名で日本語版も出版されている。現在その第2弾を計画中だそうで、活字彫刻師が残した貴重な資料の調査・研究からその特徴と精細なディテールの解説だった。あまりにも話すことが多くて2日目に延長戦、はっきり言って長い。マシュー・カーターさんは、日本でも有名なタイプフェイスデザイナー。ヨーロッパでも絶大な人気があることをあらめて思い知った。

フレッド・スメイヤーズさん

マシュー・カーターさん

モノタイプのタイプフェイスデザイナー土井遼太くんの恩師でもあるジェラルド・ウンガーさん、バルセロナのATypIでみた素晴らしいプレゼンが印象的で、ステキな書籍も数多く執筆されている。ATypIではいつも物販コーナーが開かれており新刊書や古書が売られている。日本では見かけない面白い本がたくさん並び、ぶらぶら眺めながら息抜きするのが好きだ。たしかAntikvariat Morrisっていうスエーデンの古書店がいつも来ているはず。そこでウンガーさんの新書『Theory of type design』の発売記念のサイン会も行われていた。私はその時は他のことをしていて後日購入したのでサインはもらい損ねた。そしたら、ATypIから帰国してほどなく、ウンガーさんが他界されたという、とても残念な知らせがソーシャルに流れた、会場ではとてもお元気そうに見えたのに……、ウンガーさんお悔やみ申し上げます、そして、永遠にサインをもらう機会を失った……。

ATypIで購入した『Theory of type design』と『Novo Typo Color Book』

バロックと先鋭

ウンガーさんのサイン会にいけなかった理由は、ちょうどそのころ私はアントワープ聖母大聖堂を訪れていたから。これは全くATypIのプログラムとは関係ないのだが、ネロとパトラッシュが旅路の果てに観たルーベンスの絵を見逃すわけにはいかない。大聖堂は巨大だ、中にはいくつもの礼拝堂があり、地下に掘られた埋葬室まで降りることもできる。たくさんの絵画が飾られており、最初は全部ルーベンスの絵だと勘違いしてありがたく観てたけど、途中からさすがに別人だと気づく。この『キリストの降架』は扉付きの3面になっており、実は両扉の表裏にまで絵が描かれている。

キリストの降架

そして、どうしても訪れたかったもう一つのスポットは、ザハ・ハディド氏のポートハウスだ。日本では幻に終わった新国立競技場デザインで話題になり、2016年に死去、まさにその年完成したのがこのポートハウスなのである。哲ちゃんこと大日本タイポの塚田くんとモノタイプの土井くんに付き合ってもらい現地をめざす。ザハ氏のポートハウスは、アントワープの中心部からすこし離れた湾岸エリアにあり、トラムで約30分、さらに数十分歩かなければならない。あまり記憶にないがとりとめもないことを話しながら幹線道路沿いを歩き続けると遠方から異様な建物が……、暮れどきの淡い光にまた映える。

ザハ・ハディド氏のポートハウス

道で見つけたアントワープの伝説を描いたストリートアート

そして東京へ

次回の開催地東京にタスキが渡される。東京での開催の気分を煽るプロモーション映像の最後に会場が日本科学未来館に決定したことが告げられ、ATypI会員日本代表をつとめる山本太郎の東京PRスピーチと続く、うけてた。ちなみに2020年の開催地はパリと発表された。

アドビ日本語タイポグラフィ シニアマネージャーであり、ATypI会員日本代表を務める山本太郎による東京大会のPRスピーチ。開催意義を語り参加を呼びかけた

ところでアントワープの名前の由来について知ってますか? アント=手、ワープ=投げるという意味の2つの言葉がつながったもので、かつて英雄が悪い巨人の手首を切って海に投げたことから港町が栄えたという伝説に由来している。なので、街のあちこちで手首に由来する像やオブジェをたくさん見かける。また、お土産のチョコレートも手首の形をしているものがある。そういえば、ATypIのキービジュアルもマニキュールだったのは、この由来とかけてたのね、帰ってから気づいた。

ATypI18プログラムブックのマニキュール

アントワープのチョコレート店「ブリー」の手チョコ

ATypIはタイポグラフィーのデザイン的、審美的な側面だけでなく、よりグローバルな視点で、伝統、文化、歴史、職人技の世界からデジタルの領域、アカデミックな研究からビジネスライクなPR活動まで扱うなどジャンルは幅広く、タイポグラフィックな活動にかかわるすべての人々のコミュニケーションの場だ。一見小難しく聞こえるかもしれないけれど、開催地が東京と決まって以来、興味を持ってくれる海外で活躍するタイプクラスターも少なくない。そんな人たちに日本の文字文化とタイポ愛を存分にアピールできる機会になるはずだ。といったところで締めたいと思う。

2019年2月20日

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人物プロフィール

服部正貴

アドビ 研究開発本部 日本語タイポグラフィ シニアフォントデベロッパー。 1968年、名古屋生まれ。愛知県立芸術大学デザイン科卒業後、1994年、アドビシステムズ入社。小塚昌彦氏の指導のもと「小塚明朝」、「小塚ゴシック」の開発に携わると同時に、エレメントベースのフォント制作技術、アドビのフォント開発キット「AFDKO」を習得。アドビオリジナルかな書体「りょう」および「りょうゴシック」ファミリー、アドビオリジナル フルプロポーショナルかな書体「かづらき」の開発に参加。2014年にリリースされた「源ノ角ゴシック」では中国、韓国の書体デザイナーと協力し開発に携わる。

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type.center編集部

type.centerの編集部です。文字関連イベントをレポートしたり役立つ情報を発信できるよう努力してまいります。よろしくお願いします。

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