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「モリサワタイプデザインコンペティション 2019」受賞作品「峰月楷書」インタビュー

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「モリサワタイプデザインコンペティション 2019」受賞作品「峰月楷書」インタビュー

「モリサワタイプデザインコンペティション 2019」で和文部門258点、欧文部門555点の応募のなか、モリサワ賞 和文部門で栄えある金賞を受賞されたヨコカクの岡澤慶秀さんに、受賞作「峰月楷書」の制作秘話を伺いました。 大日本タイポ組合とは「新世界タイポ研究会」として一緒に活動もしていた仲。ざっくばらんにインタビューしました!

「峰月楷書」インタビュー

「モリサワタイプデザインコンペティション 2019」受賞作品

「峰月楷書」ヨコカク

塚田:この度はモリサワタイプデザインコンペディションでの受賞おめでとうございます!

岡澤:ありがとうございます。今回受賞した「峰月楷書」は、東京書学アカデミー蒼溟社の矢島峰月先生に原字を書いてもらって、それを書体にしました。受賞は先生の原字のおかげです。矢島峰月先生ありがとうございます!

塚田:岡澤くんは、ふだんのお仕事として、ヒラギノ角ゴW0や秀英明朝体、秀英丸ゴシック体といった書体のデザインをされていて、いっぽうヨコカク名義をオモテに出した書体としては、「こどものじ」「どうろのじ」「ドットのじ」といったような、王道から外れたっていうか(笑)ニッチなものを作っているっていう印象があります。

そのあと「モリサワタイプデザインコンペティション2016」で佳作をとった「tgk02」は手書きの丸ゴシック系だったし、僕らと新世界タイポ研究会で「横書き仮名」を作ったときもマーカーで書いていたし、あえて抑揚を消していくことに取り組むイメージが強かったので、思いっきり抑揚を重視する楷書に取り組んだ、今回の受賞作はちょっと意外でした。

明朝体でもゴシック体でもない、楷書体というど真ん中なことをやろうと思ったのはどうしてですか。

岡澤:ひとつには峰月先生の楷書が好きだから。先生の楷書は筆の特徴を生かしたとてもきれいな線で書かれていて、これを書体にしてみたいと思ったことが始まりです。もうひとつは自分にとっての「きれいな線」ていうのがあって、それがヨコカクのテーマなんですよ。そういう意味では「こどものじ」も「峰月楷書」もつながってます。

矢島峰月先生の原字


制作プロセス

❶原字

岡澤:制作プロセスとしては、先生に原字を書いてもらってスキャンして、それを手動でトレースして、調整作業をして、という流れです。 Adobe-Japan1-3規格までを作る予定で、原字自体は7000文字くらい書いてもらっています。現時点で調整作業が終わっているのが500文字ぐらいです。

塚田:原字を書いてもらうにあたってのディレクションはどのようにしたんですか。

岡澤:峰月先生の教室に「日常書」というコースがあって、そこでは表書きとか、宛名書きのための字を習いますが、その字で書いてもらいました。最初は普通の上質紙に書いてもらっていましたが、墨が濃いので、紙がベコベコになってしまって。途中から原字を書く専用紙を作りました。

塚田:おぉ、矢島峰月用箋!

岡澤:グラフィック社の津田淳子さんにどんな紙がいいか相談したら、わざわざ稽古場にも来てくれて。持ってきてくれたサンプルに先生が実際に書いて紙を選んで作りました(笑)。

塚田:原字はいつぐらいから書き始めて、書き終わるまでにはどれぐらいの期間がかかったんですか。

岡澤:2012年から書き始めて、二年間ぐらいかかったかな。

塚田:そのくらいかかると、最初のほうに書いた字と、最後のほうに書いた字との間にぶれが生じたりしませんでした?

岡澤:ぶれというか、そもそも書く文字のサイズが変わったり、筆も先生が色々なものを試したりしたこともあって変わったりしたので。書くサイズや筆が変わると、起筆の形や大きさがまったく変わりますしね。

秀親:矢島先生は小筆を使っているって以前話してましたね。

岡澤:面相筆みたいな。西野天祥堂の黒ゴヂックを先生は愛用されていて、先生はこの00号でも書いちゃう。

塚田:ほっそ! これでこの字が書けちゃうんだ!

秀親:かなり穂先を開かないとでない線だね。


❷アウトライン

岡澤:アウトライントレースの作業にはIKARUSというツールを使いました。オートトレースじゃなくてマニュアルのトレースです。

塚田:アウトライントレースは明朝体やゴシック体と同じような感じですか? 一画というか、一パーツごとにトレースするのかな。

岡澤:一画ごとです。最初は同じ字形を使い回すことなどは考えずに、太さや大きさは原字に忠実にトレースしました。この作業は自分でもやっていますが、ほかのデザイナーさんにも手伝ってもらいました。

秀親:パスは人によってつくり方が違うんじゃない?

岡澤:なので最初にかなりディレクションをしました。起筆はこういう形にしてください、というようなことを伝えて。 原字ではもちろんいろいろな形になったりしていますけど、 峰月先生が「こう書こう」と意図している形があるはずなので、それを原字から読み取ってアウトラインをとってほしいとお願いしました。

塚田:トレースのやり方の指示書もきっちり用意されて、システマチックに進められていますね。

IKARUSでのアウトライントレース作業


❸調整作業

岡澤:原字をトレースしただけのアウトラインでは、まだ書体としてのまとまりはありません。文字の大きさや太さを書体向きにそろえる必要があります。それを整える作業はGlyphsでやっています。この作業は今も進めています。

Glyphsでの調整作業

秀親:そもそも書の場合って、四角におさめて書く概念ではないですよね。自然と四角い字もあるんだけど、三角形だったり、ダイヤモンド形だったりする。それらを書体にするにあたっての調整は、どういう意識でしたのでしょうか。

岡澤:字がもともと持っている、ダイヤだったり偏平だったり、右払いがすごく長かったりという形の特徴を最大限残しつつ、枠にいれていくという作業でした。

秀親:それを意識できないと、けっきょく四角の中にいれていく過程で文字の形が台無しになっちゃうよね。 たとえば「心」とかも、枠にいれるために本来の形からかけ離れて、三画目がものすごく上のほうにあるじゃない。実際に手で書く文字から考えると、書体になった文字はバランスが大きく変わっていたりする。 もちろん文字を組んだ時に、空白があまり開かないようにするなどのバランスの良さは当然あるんだけど、本来は空きがきれいに見えることよりも、字そのものの形のきれいさが本来あるべきだと思うんだよね。そのあたりのことは、岡澤くんはどう考えていますか?

岡澤:そもそもの字形は意識はしたけど、そのままだと書体としてはまとまらなくなってしまうので。よいバランスを保ちつつ書体に落とし込むことが、書を学んでいる書体デザイナーである自分にはできるかもと思ったんです。

岡澤「楷書の横線は右上がりになりますが、角度は原字ではそれほどそろっていなくて、文字ごとにそれぞれ違います。そのままだと、書体としてみた場合は、ちょっと違和感がある。なので右上がり具合というのはそろえる方向で調整しています」


塚田:具体的には、調整の作業で大きさ・太さ・かたちを変えたという感じですか? それから共通の部首については、どう処理していったのでしょうか。

岡澤:共通の部首は、起筆のかたちや、ハネのかたちはそろえています。

秀親:同じ編の場合、旁のスペースが違うことももちろんあるけど、スペースも同じ場合は使いまわしたり?

岡澤:現在調整作業が済んでいるのが500字程度で、これからそのあたりのことを決めていかなきゃいけないところ。作業効率とも合わせて考えて……。

塚田:これまでもデザインされてきた明朝体やゴシック体では、共通エレメントとか、横画にたいしての縦画の比率とか、システマチックに作れる部分があったと思うんですけど、それに対して楷書体はどうですか?

岡澤:楷書体にも色々なアプローチがあると思いますが、峰月楷書はある程度手で書いたように、あまりそろえすぎない方向で考えています。ただそれだと作業的にあまりにも大変なので、悩ましいところ。

塚田:手書きと様式との間というか、そこを作っていく感じなんですかね。


楷書のかな

塚田:最近あちこちから楷書の書体がリリースされていているけど、これだ!ってひとつに決められないところが正直ありますよね。そこで登場した「峰月楷書」こそがこれだ!ってなるのかというとそれもまた……。

岡澤:おふたりのように書を習っている人は、自分が好きな字っていうのがはっきりしているから。特に楷書はそれぞれ自分にとっての楷書はこれだ!みたいなのがあるんじゃないでしょうか。見慣れている字がきれいに見えるというのもあるし。

秀親:フォントのアウトラインデータみるとがっかりすることもあります。オートトレースをかけているせいも大きいと思うんだけど。

塚田:楷書で難しいのは、漢字とかなのバランスもあると思います。漢字の制作プロセスはいま聞いたけど、かなはどう進めていったんですか? どのタイミングで原字を書いてもらったんでしょう。

岡澤:かなもごく最初のころに書いてもらっていました。

秀親:かなこそ書くたびに揺れはばがありそうだよね。上下にどの字がくるかで形が変わるじゃない。

岡澤:楷書のかなにはいろんなアプローチの仕方があります。漢字と同じようなエレメントでかなを書いたものとか、漢字とはまったく別のものとして書いたりとか。写研の紅蘭とかは漢字と合わせてる感じですね。

塚田:起筆終筆がビタ! ビタ!って決まっているような。

岡澤:そうですね。「峰月楷書」では漢字に合わせることはしてませんが、かな書道みたいなかなにもしてません。あまりかな書道っぽくしちゃうと、小さくしたときに弱く見えて、書体としては読みにくい。

塚田:ということは、結果的に日常書に近づけた、ということですか?

岡澤:そう。起筆も結構強く調整しています。でも漢字のような起筆とも違います。

塚田:まぁ書体として、フォントとして流通するってことは日常使いの字になるわけだから、そこでの使い勝手が良いほうがいいですよね。とすると、縦組みでも横組みでも、きれいに見えるように作っていかなきゃいけなくもなりますよね。

岡澤:一応そのようにはしているけれど、やっぱり縦のほうがいいんじゃないかなとは思います。

塚田:縦組みと横組みでかなを変えるとかは考えていない?

岡澤:そこまでしちゃうと「峰月楷書」としてはいきすぎという気がします。そういう楷書があってもいいとは思いますけどね。


リリースに向けて

塚田:さて、こんなふうに開発している「峰月楷書」なんですけど、いつ発売されるでしょうか。

秀親:よく書体を作る時は一通り作った後に最初の頃作った文字を見直して修正して、っていうのを繰り返して三周するって言うじゃない。だから短くても三年はかかると言われるけれど……。

塚田:作り始めたのが2012年ってことだけど、いま話を聞いたようすでは、正直あと10年ぐらいかかりそうだよね……。

岡澤:なるべく早く出します!(笑)

塚田:難しい問題だよね。正直いって和文7,000文字ってなかなか一人ではこなせない量じゃないですか。欧文フォントだったらもっと早いスパンで発表できるんじゃないか、って比較したりとか。 ほんとはこのインタビューで、個人タイプデザイナーの生きる道として、和文書体に興味ある若い人たちに希望を与えてほしいんですけど(笑)。

岡澤:欧文は欧文でファミリーたくさん必要だし、別の苦労がありそう。今日は楷書体って作るの大変ですみたい話が多くなっちゃったけど、明朝体でもゴシック体でもそうだからね。

塚田:比較的ゴシックのほうが作業的に楽ということはあるかもしれないけど。

岡澤:その分AJ1-6(14,663字)までやるかという話にもなるし。Glyphsなどでアプリ面での支援はされるようになって、敷居が下がっている部分もあると思います。書体デザインに興味のある若い人には、大変そうに見えるけど大丈夫ですよ、ぜひやってくださいって言いたい(笑)。

塚田:説得力を増すためにも,ぜひ「峰月楷書」に限らず、ヨコカクの新書体リリースまってます!

2019年11月20日

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人物プロフィール

岡澤慶秀

タイプデザイナー。1970年長野県生まれ。多摩美術大学卒業。1994年字游工房入社。2009年ヨコカク設立。2019年岡野邦彦と合同会社おりぜ設立。同社代表。

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