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そこにも書体があったのだ―「紙幣と官報 2つの書体とその世界」展

展覧会レヴュー

そこにも書体があったのだ―「紙幣と官報 2つの書体とその世界」展

そこにも書体があったのだ

「紙幣と官報 2つの書体とその世界」展レヴュー

文字は、私たちを取り巻くさまざまなところに使われている。しかし、それが書体であるということに気づかずにいるものも多いのではないだろうか。

私にとって最近まさに「書体であることに気づいた」のが、紙幣に散りばめられている文字だった。「日本銀行券」「日本銀行」と入っている文字は、ロゴタイプのようにその文字のみをつくられたものなのだと思い込んでいたが、実は「大蔵隷書」と呼ばれる書体だったのだ。紙幣のほか国・公債にも用いられており、金属活字、写植を経て、現在では4,000を超える文字を有するOpenTypeフォントになっているのだという。

そんな「紙幣の文字」の変遷やつくり手にスポットを当て、「大蔵隷書」の写植の文字盤や手描きの原図など貴重な資料が展示されているのが、東京・王子の「お札と切手の博物館」で開催中の企画展「紙幣と官報 2つの書体とその世界」だ。

「紙幣と官報 2つの書体とその世界」展 フライヤー

「紙幣と官報 2つの書体とその世界」展 フライヤー

展覧会タイトルの通り、本展示のもうひとつの目玉となっているのが、かつて官報に使われていたオリジナル書体「印刷局書体」である。わが国の紙幣などの印刷を担っている国立印刷局は、1871(明治4)年、大蔵省の一機関「紙幣司」として誕生し、1875(明治8)年に太政官正院印書局と合併したのを機に活版印刷事業を始めた。

前身の印書局時代から書体はつくられていたが、本格的に印刷局のオリジナル書体への改刻が試みられたのは1912(明治45)年、印刷局がベントン母型彫刻機を導入してからのことだ。改刻を主導したのは当時の活版部長・小山初太郎であり、参考にしたのは中国清時代の漢字字典『康煕字典(こうきじてん)』の初版本。「明朝体の正統派の書体である」ことが理由だった。こうして制作された印刷局書体は、正方形ではなく縦長のかたちであることが特徴だ。しかし官報に使用されたのは、1919(大正8)年1月~1930(昭和5)年4月までの11年間のみだった(その他の印刷物には、昭和中頃まで使用された)。

展示では、活版印刷における母型製造・活字鋳造から印刷までの工程を、ベントン母型彫刻機や活字鋳造機、植字台(活字を組み上げるときに使用した台)、金属活字の組版などの実物や、記録映像「官報における活版印刷工程」によってたどることができる。印刷局最大の活字原版という「第108回国会衆議院議員仮議席表」の組版も圧巻だ。また、『康煕字典』や印刷局書体を使用した書籍も展示されている。

法令や公示を周知する役割を担う官報、そして、通貨として認識されなくてはならない紙幣。その役割を果たすために、大切な構成要素である「書体」がどのようにつくられ、使われたのか。興味深い誕生背景と経緯を知ることができる展示である。お札と切手の博物館で「書体」そのものをタイトルにまで打ち出した企画展は、おそらく初めてなのではないだろうか。

会期中毎週土曜日には、手フート印刷機と呼ばれる卓上サイズの活版印刷機による印刷実演も行われている。


参考文献:『紙幣と官報 2つの世帯とその世界』独立行政法人国立印刷局 お札と切手の博物館 編集・発行 2014年

展覧会DATA

  • 開催日 :2014年12月16日(火)~2015年3月8日(日)
  • 場 所 :お札と切手の博物館 2階展示室
         〒114-0002 東京都北区王子1-6-1
  • 開催時間:9時30分~17時
  • 休館日 :月曜日(祝日の場合は翌平日)、12月29日~1月3日、1月18日
  • 入場料 :無料
  • URL :http://www.npb.go.jp/ja/museum/
2015年1月30日

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展覧会レヴュー

雪 朱里

ライター、編集者。1971年生まれ。武蔵大学人文学部日本文化学科卒業。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、専門誌編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事やくらしの歴史などの分野を中心に、ものづくりに携わる人々への取材執筆活動を行なっている。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、編集・執筆等を手がけた書籍に『一〇〇年目の書体づくり 「秀英体 平成の大改刻」の記録』(大日本印刷)、『活字地金彫刻師 清水金之助』、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話』(小塚昌彦著/グラフィック社)ほか多数。2011年2月より『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)のレギュラー編集者も務める。

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