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その6: 浅葉克己×大日本タイポ組合 ギャラリートーク

「ASABA'S TYPOGRAPHY」レポート

その6: 浅葉克己×大日本タイポ組合 ギャラリートーク

2015年1月9日から31日まで、ギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催された浅葉克己氏のタイポグラフィ展「ASABA’S TYPOGRAPHY.」。 当サイトでも制作レポートを随時お届けしてきましたが、今回はその最終回。1月23日に開催されたギャラリートークでは、大日本タイポ組合の2人も浅葉氏と共に登壇し、およそ80名が聴講に駆けつけました。以下、そのレポートをお届けします。

「ASABA’S TYPOGRAPHY.」

浅葉克己×大日本タイポ組合によるギャラリートーク「打つ」より「書く」ことの重要性訴える

gggギャラリートーク写真:堺 亮太

最後はタイポグラフィ、背負ってきたものをすべて吐き出す

金色のジャケットを纏って登壇した浅葉氏の両サイドに、銀色のジャケットを纏った塚田哲也氏と、なぜかブルーシャツの秀親氏が並び、トークショーがスタート。「銅色のジャケットを探したが、見つからなかった」と秀親氏。

塚田氏が「なぜ『浅葉克己のタイポグラフィ展』というストレートなタイトルにしたのか」と問う。これに対し浅葉氏は「佐藤敬之輔に出会ってから、タイポグラフィとは何なのかがよく分からなくて、これまでその思いを背負ってきた。アートディレクターやグラフィックデザイナーとは名乗ってきたが、当然タイポグラファーとは名乗ったことはない。しかし最後はタイポグラフィ。その背負ってきたものをすべて吐き出そうと考えた」と個展への思いを語っている。

gggギャラリートーク写真:堺 亮太

一方、浅葉氏の作品や版下などを保管している築地の倉庫漁りから関わってきた大日本タイポ組合。秀親氏は「浅葉さんの倉庫は、マグロ屋の倉庫の上階。ただ単に『そこに埋まっている昔の版下を見てみたい』というのが、お手伝いするきっかけであり、動機であった」と説明する。

会場では、浅葉氏の10枚の版下コラージュをモニターに映し出しながら、過去の代表的な広告ディレクション秘話をはじめ、うす墨を使った「わびさび体」や中国・麗江の「東巴(トンパ)文字」といった要素へのアプローチがそれぞれ解説された。

うす墨の「わびさび体」と「東巴文字」へのアプローチ

書家・石川九楊氏を師と仰ぎ書を学ぶ3氏。そんな共通点もあってか、まず書の話から。浅葉氏は「楷書は極めた。いまは草書を勉強している」とし、ここ3年くらい、朝起きてから1〜2枚の臨書を欠かさないことを明かす。そして話題は英文書体の新作「わびさび体」へ。

これは浅葉氏が「日本で最も美しい色」とするうす墨を使い、その半紙に滲む感じと、デジタルで描画するハードエッジの対比がユニークな書体。秀親氏は、うす墨について「乾いた時点でないと色や濃淡が分からない。それだけ経験が必要」と説明し、その難しさを補足する。

とくに浅葉氏がこだわったのは「G」だ。「『G』の横棒は太いとダメ。そして尖った三角に。『これ決まった!』と思った。そして頭にアンテナのようなものを付けている。ここに筆を入れるのが気持ちいい」と述べ、楷書の心得から出てくる発想の一端を表現した。

もともと浅葉氏が書道を始めるきっかけになったのは、中国・麗江で使われる「東巴(トンパ)文字」へのアプローチからである。象形文字の一種だが、浅葉氏は、東巴文字を求めて中国を訪れた際に、骨董屋から東巴文字の経典30冊を買い取り、日本に持ち帰ったという。「まだ中国政府には見つかっていない」と浅葉氏。

東巴文字は、手書きの文化によって1000年もの間、伝承されてきた。「東巴を書きたいと思って、そのためには楷書の心得が必要だと感じ、書道を学び始めた」と説明した上で、「学校でもレタリングがなくなった。『自分で書く』ということが減ってきたのはまずいと感じている」(浅葉氏)との懸念を示す。

実物を見て欲しかった版下コラージュ

新作の版下コラージュは10点。その制作過程を見てきた秀親氏は、「1枚作るのに三度でも四度でもスケッチし、仮ドメしてその日は帰るが、また翌日は違ったものになっている」と、その試行錯誤ぶりを振り返る。浅葉氏は「自分自身も間に合うか心配だった。おかげで40年間続けてきた卓球のランキング戦にはじめて欠席してしまった」と裏話を明かす。そして「焦ってはいるが、ゆっくり、じっくりスケッチし、慎重に位置決めしている姿が印象的だった」と塚田氏。

gggギャラリートーク写真:堺 亮太

一方、版下コラージュには、版下や原画、図、ロゴのオリジナルなど、貴重な現物そのものが貼り込まれている。なんと東巴文字の経典も、その現物が切って貼られているというのだ。「実物を見てもらわないと意味がない、実物を見て欲しかった」と浅葉氏。「貴重な現物にどんどんハサミを大胆に入れていく浅葉氏を見て、非常に刺激的だった」と秀親氏も振り返る。

公になった日記。今後は暗号も入れながら…

最後は、2008年に21_21 DESIGN SIGHT「祈りの痕跡。」展で大々的に発表された日記のその後について。秀親氏が「世に出せないページもあるのか?」と聞くと、浅葉氏は「チェックはかなり入っている」と笑う。また、塚田氏が「これだけ日記が公になると書きたいことも書けないのでは?」と聞くと、浅葉氏は「それはある。今後は暗号も使おうかと思う」と答え、会場の笑いを誘った。


6時間にわたる打ち合わせで決めたトークショーのシナリオも、全体の20%しか話せないうちに終わりの時間を迎えた。最後に浅葉氏は「打つより書くことが重要」とし、石川九楊氏の言葉「書を捨てると日本は滅びる。筆触は思考する」という言葉を残して、「自分で書く」という行為の重要性を改めて訴えた。


▲おまけ▲

ギャラリートークでぜひ披露しようと思い準備したものの、すっかり忘れてしまったスライドのうちの一枚がこちら。細谷 巖氏から浅葉氏への直筆メッセージです。初日オープニングパーティーの夜、三次会のバーのカウンター奥にこっそり来店、このメッセージだけを書き残していったという、この二人の関係でしか成立しえないエピソード付き。


以上、制作の現場から追ってきた「ASABA’S TYPOGRAPHY.」展レポートはギャラリートークの報告をもって終了です。どうもありがとうございました。

2015年2月9日

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type.center編集部

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