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第4回:弁護士の使う文字をペン越しに……の巻

フォン太とアーツ郎の、FONT and LAW!

第4回:弁護士の使う文字をペン越しに……の巻

フォン太君 はフリーランスのグラフィックデザイナー。好きな美術家は、ルチオ・フォンタナ。

アーツ郎君 はフォン太君の友達の若手弁護士。アートやデザインなどにも興味がある。好きな美術家は、ベンゴ・シーレ(誰)。

前回までは、フォン太くんが疑問に思う書体の著作権について、デザイナーとしての質問をアーツ郎くんに投げかけました。今回は、アーツ郎くんら弁護士や裁判官など、法律にかかわる業務にたずさわる人の、普段はきけない文字の話。ところ変われば文字の使われ方も変わる。今回はいつも以上にお気楽にお読みください。

ワタナベさんは外字ンさん?

どう、ここまで何回か、文字について法律がどういう風に考えているか話したつもりだけど、分かったかな?

うん。ほんの少ーしだけね。話は難しかったけど。

ところでさ、僕らデザイナーは文字をデザインで見ちゃうこと多いんだけど、弁護士さんとか裁判官さんも文字について面白エピソードあったら、聞かせてほしいんだけど。

法律家も、文字について考えることはあるよ。 特に問題となって、僕が面白いと思うのは人名の処理だね。 例えば「ワタナベ」の「ナベ」って何種類くらいあると思う?

でたー、「ナベの字」問題。それなー。ホンット多いよね。 ちなみにMacにインストールされてる「ヒラギノ角ゴStd」で、「辺邉邊」の三文字。「ヒラギノ角ゴPro」で24文字ある! 名刺のデザイン何人ぶんかやったときに、こっちのワタナベさんは「邉」で、こっちのワタナベさんは「邊」だったりしてさ、大変だったなー。

「ヒラギノ角ゴ Std」と「ヒラギノ角ゴPro」に収録されている「辺」の異体字

裁判のときにも渡邉さんなのか渡邊さんなのか表記たいへんでしょう?

そうだね、裁判所のパソコンにも、いわゆる「外字辞書セット」っていうのがあって、それで補っているよ。

外字辞書セット・収録文字一覧(有限会社ワイ・イー・エス・エス)

ちなみにこの外字辞書、「裁判所バージョン」にのみ収録されている文字ってのがあるんだよ。

えー! なにそれー!

みたい?

うんうん、みたいみたい!

ほれ。

外字辞書セット・裁判所バージョン、追加収録文字の例(有限会社ワイ・イー・エス・エス)

外字辞書セット・司法関連外字(有限会社ワイ・イー・エス・エス)

わーーーーー! おもすぃれぇーーーーー!

そんなに興味もってくれてうれしいよ……。

「ナベの字」問題に話を戻すけど、はっきりいってちょっと拡大して見てもなかなか見分けがつかないよね。でも必要だし、それでも文字の数は足りないんだ。裁判所の文書では、該当する漢字がない場合、その文字だけ手書き、というのもよく見掛けるよ。主に人名だけどね。

おおお、手書き!?

たとえば刑事事件の判決なんかだとね、万に一つも人違いなんてあってはいけないからね、人を間違いなく特定するためにそこらへんは徹底的に拘るんだよ。中国系の方の名前とかもきっちり再現しているよ。

そういうの、ちょっと萌える。

法律の世界、特に裁判所や役所の公文書は高度の信頼性が要求されるからね。そこらへん手を抜くことはできないんだね。

そりゃそうだー!

でもね、一方で煩雑だからなんとかしたい、という動きもある。名前に関していえば、特に戸籍等の電算化推進の関係もあって、俗字、旧字や誤字などの異体字は極力無くしていきたい。

そんなことから、実は、氏を俗字・旧字から通用体にするのは手続を簡単にしてるんだ。

どういうこと?

通常、苗字を変えることは「氏の変更」と言って、これは家庭裁判所の申し立てた上で、許可が下りないとすることができないんだ。

それって妹尾河童さんがやったアレ? 河童ってあだ名を本名にした的な……。

そっちは「名の変更」。苗字の場合は「氏の変更」だね。氏の漢字を変えるのも変更だから、「俗字や旧字」、例えば「﨑」(俗字)→「崎」や「國」(旧字)→「国」に変えるのだって原則「氏の変更」にあたりそうだよね。

そうすると、なんか複雑な手続きが必要になるんじゃない? 戸籍とかの。

そう、一見すると、家庭裁判所の許可が必要にも思える。でも、国としては電算化の関係で極力通用体に改めてほしいので、手続は簡単にしたい。わざわざ家庭裁判所の判断を仰ぐ、なんてことはしたくない。そこで、「異体字」から「通用体」に氏を改めるのは「氏の変更」ではない、という解釈がなされているんだ。

いわゆる「5200号通達」ってやつなんだけど、ココに詳しく書いてあるから読んでみて。

読んだ。っていうか見た。こういう書類での「創英角ポップ体」の使われ方は、実にタマらんのう。

見るとこソコじゃないから!

メンゴメンゴ。えっと、「氏の変更」じゃなければ何なの?

これはね「訂正または更正」とされている。「訂正」っていうのは間違いを正すことで、「更正」は昔は正しかったけど今は正しくなくなったことを正すことだね。これらについては裁判所の許可はいらないんだ。

間違いを正す……ということは、今まで何代も使ってきた名前が、いわばずっと書き間違いだったってことにして、新しく正しい文字を書き直したって考えるってこと?

概念的にはそのとおりだね。

法律ってへんなところでは融通きかすんだね。

たしかに(笑)。そういう捉え方もできるね。 公文書への信頼を確保するためには、個々の文書を正確かつ慎重に作成するだけでなく、ある程度文字の多様性を犠牲にしても、統一化、規格化を図っている、とも言えるね。

そういや、中野翠さんが書いてたと思うんだけど、「澁澤龍彦」「渋沢竜彦」と書くのは許せないわ〜。

それには同意するし、そういう問題は常にあるね。

羽良多平吉さんのこともホントは全部旧字体で書きたいんだけど、表示するグリフが無いんだよよおおおおおおお!!!!! ハラタつ!

……ヘイキか?


公文書の書き方は、こう? 文っしょ?

さっきは、公文書の統一性ってことを言ったけど、一方で句読点の扱いについては、各省庁・機関でばらばらなんだよね。ちょっと不思議な感じがする。

どういうこと?

たとえば、裁判所の文書は必ず「、」は「,」になってるね。

そうなんだ。それって何か決まりであるの?

おそらく昭和27年に出された「公用文作成の要領」という内閣が各省庁に出した通達が基になっているんだろう。

この17頁の注2に、句読点は,横書きでは『,』および『。』を用いる。と書いてある。

じゃあ、裁判所以外でも官公庁は全部そのルールなんじゃないの。

ところが、そうでもなくて、「,」を使うのは裁判所と法務省と文科省とあといくつかくらいで、他は「、」を使っているみたい。例えばこれが法務省これが経済産業省

ほ,ほんとだ、全っ然,統一できて、ないじゃん,、,,、,、、,

フォン太くんも統一されてないよ……。

ま、読点の差で意味は変わらないから問題はないんだけど、何か変な感じするよね。コピペする時には気をつけなくちゃいけない。 フォン太くんは句読点とかいつも気にしている? いまのセリフだとめちゃめちゃだったけど。

うん。文字組みするときにねー。句読点やカッコなんかの約物の処理はいつも気にしているよ。自分の好みの組版をあれこれ探るのも楽しいんだけどねー。

文庫でいったって岩波と新潮と文春では、そういう約物の処理はもちろん、一行の字数や行間等の処理といった組版ルールは出版社ごとに違ってくるか面白いよね。

ほほう。そういう視点で文庫読んだことないなあ。

そうそう、「新潮社の文字組設定」っていうInDesignの設定ファイルがあってね。ダウンロードして使えるんだよ。このページの下のほうにある【InDesign用「新潮社の文字組設定」】というところね。

これ配ってるってことはさ、組版ていうのははパク……使っても法律に違反しないってことなんだよね?

お、いきなり法律の話に戻ったね。 文字の配置や文章の並べ方のルールである組版は、一種のデザインと言って良いと思うのだけど、ルールである組版そのものに著作権法上の保護が及ぶかと言われたら難しいだろうね。

ふむふむ。

前回までやってきたことを思い出してみようよ。 組版は、ルールでありアイデアに過ぎなくて「表現」そのものではないから、そもそも「著作物」の定義である、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)にあたらないだろうし、組版が様々工夫されていることは認めるけど、通常の組版である限り、「創作的」ともいえないんじゃないかな。

おおおお!また「チョサクブツ」か。ずっとこの話がつきまとうね。

多分次回以降も続くよー。次回からはまたややこしい話をしていこう!

ヒエ~。

日頃クールな判断を下すイメージのある、弁護士や裁判官のみなさんも、文字の細かいところでやっぱり悩んでいるんですネ。ちょっぴり親しみが増しました気もします。

さて次回からは、またフォン太くんがデザイナーならではの書体の悩みをアーツ郎くんにぶつけます。お楽しみに!

2015年2月25日

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フォン太とアーツ郎の、FONT and LAW!

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Arts and Law

2004年に設立された、文化活動を支援するためのNPO(任意団体)。美術、工芸、デザイン、音楽、映像、映画、出版、建築、ファッション、パフォーミングアーツなど、あらゆる文化活動に携わる人々を対象に法的なアドバイスを提供しています。弁護士、公認会計士、税理士、司法書士など様々な分野の専門家が、プロボノ=ボランティア活動として所属しています。本連載は所属している弁護士の水野祐、倉崎伸一朗、高崎俊が担当しています。
http://www.arts-law.org/

なお、本連載で興味をお持ちいただいた方は、雑誌「アイデア」(No.363)の『タイプフェイスと知的財産権』も、ぜひご覧ください。

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